第21章 焦燥
「御館様、光秀です」
「入れ」
引き続き空良事件の真相を探らせていた光秀が越前より戻って来た。
「何か、新しい事は分かったか?」
「いえ、新しいと言える程の事は何も」
「そうか.....」
あの夜、蘭丸から聞いた真犯人の名は、蘭丸の口から聞いていなければにわかには信じ難い人物の名だった。
「しかし、本当なんでしょうか?」
光秀も疑問を口にする。
「分からん。だが蘭丸は確かに言った。空良の屋敷に夜襲をかけたのは、あの足利義昭だと.......」
足利義昭。室町幕府15代将軍で、俺が京より追いやった人物だ。
そして、空良から家族を奪った張本人。
その名を聞き、俺の中では更に謎が深まった。
小さな領土を治める、いわば何処にでもある様な屋敷と家族をなぜ義昭は襲ったのか?
蘭丸達も秘密裏に真相を探ってはみたが、犯人を突き止める所で止まってしまったと言う。
一家と義昭の接点があったとすれば、可能性は一度だけ。
義昭が京を追われ朝倉を頼り、一乗谷に身を寄せた時だ。
だが何故だ?
相手が相手だけに下手に動くのは危険すぎる。
それゆえ、光秀に慎重に事の真相を探らせておるのだが...
「犯人が誰かが分かった後に違和感に気づいたのですが、あの土地に住む者達は皆、犯人が誰なのかを分かって、その上で知らぬフリをしておりました。皆口を揃えて、あんな悲劇に遭うなんて、と」
「口止めでもされておるのだろう。だが解せぬ、なぜ空良の屋敷を狙う必要があったのだ」
考えはいつもここに戻り、先に進めぬままだ。
「謎は解明できてはおりませんが、空良を知る興味深い人物に出会いました」
光秀の口角が僅かに右上に上がった。
「何だ、イヤに含みを持たせるな」
「お話ししても宜しいので?」
「空良に関係する事は全て話せ。今更何を聞いても驚かん」
奴の全てを受け止めると、当に決めている。
「では、此度越前で出会った若者ですが、空良の許婚であると言っておりまして.....。空良に許婚がいる事はご存知でしたか?」
「空良から直接聞いて知っておる。幼き頃より親同士が決めた許婚がいたと」
”許婚である”と、現在も続いているかの様に伝えた光秀の言葉が引っかかった。