第3章 侍女の仕事
夕餉を食べ終えた後は、縁に出てお酒を飲み出した。
「空良、酌をしろ」
空になった盃を、遠くに座る私に見せて来た。
「...............」
仕方なく立ち上がり、信長の横に座って酌をする。
「先ほどの夕餉の膳もそうですけど、私に毒を盛られるとは思わないんですか?」
何でそんなに楽しそうにしていられるの?
「ふっ、盛りたいなら好きにしろ。いつ何時俺の命を狙おうが貴様の勝手だ」
クイッと躊躇うことなく私が注いだお酒を飲み干した。
「貴様は、父と母の仇だと言っておったが、俺がどの様に貴様の両親を殺したのかを話せ」
お酒が空になった盃に注いでいると、思いがけない質問が飛んできた。
「ぁっ............」
動揺してお銚子が盃から外れ、お酒が少し溢れた。
手拭いを懐から取り出し、溢れたお酒を拭きながら、フツフツとこみ上げる怒りを必死で抑えながら質問に答える。
「..........自分で殺しておいて...覚えて無いんですか?」
私はあの日から、1日たりとも忘れたことはないのに.........
「やらねばやられる。それが乱世だ。貴様も武家の娘として生まれたのならば覚悟はしておろう?」
「それは、戦さ場においてならば、父が討ち死にしたとしても、その死を誇り前を向いて生きていく事ができましょう。しかし、卑怯な夜襲で命を落としたのであれば話は..............っ」
また、余計な事を口走ってしまった.....
信長は、実に巧みに誘導尋問をする。
これ以上話せば身元が割れてしまう。
身元が割れても顕如様に辿り着くとは思えないけど、これ以上顕如様に迷惑はかけられない。
「....................夜襲?」
信長は一瞬目を細め、怪訝そうな顔をした。
本気で...........覚えてないんだ......?
「覚えていないのなら........この話はしたくありません」
本当は、父と母の名前を出して、その涼しげな顔に罵ってやりたい。何故父と母が死ななければならなかったのか....
理由だけでも知りたかったのに、目の前の男はとぼけているのか、未だに怪訝そうな表情を崩さない。