第19章 恋仲〜逢瀬編〜
「..........ここから先はどうぞ、お二人でごゆるりと船の中をご覧下さい」
帰りに、隆佐さんの商館に寄って欲しいと言って、隆佐さんは仕事へと戻って行った。
「こっちだ」
私の手を引いて、信長様は船の先端へと連れ行く。
「わぁ!何だか本当に航海に出たみたいですね」
船の先端には、一面に広がる近淡海。
「織田軍にも船はある。そのうち貴様を乗せて越前の海を見せてやる」
「はい」
当たり前に私との未来の話をしてくれる事が嬉しくて、きゅっと、信長様の胸元の着物を掴んで身体を寄せた。
「空良」
吹き付ける風で乱れた髪を、信長様が整えてくれる。
(あ、)
必然的に目が合い。二人の距離が縮まって行く。
(口づけ....される?)
ドクンと胸は弾み、私は目を瞑りそうになったけど、
「あまり風に吹かれると風邪をひく。そろそろ行くぞ」
「あ、....はい」
信長様は私の手を取り再び歩き出す。
(.......あれ?)
ここで、漸く私は気が付いた。
今日はまだ一度も口づけられていない。ううん、それだけじゃ無くて、抱きしめられてもいない事に。
朝、待ち合わせした時も、ここまで来る馬の上でも、そして今も.......
毎日、目が会えばその腕に閉じ込められ、瞳が潤むほどに口づけられていたのに、それが今日は一度もない。
(もしかして....手順を....?)
確かに恋文にも、今日一日私の言う恋仲の手順に付き合ってやると書いてあった。
「あ、あの、信長様?」
「どうした?」
私の声に振り返ると、優しく私の髪を撫でてくれるのに......
「あ、.....何でありません」
「ふっ、おかしな奴だ。水溜りに足を滑らせるなよ?」
揶揄うように笑うと、やはり前を向いて歩いてしまう。
(私....本当に勝手だな......)
自分で言っておきながら、もう触れてもらえない事に寂しさを感じている。
唯一触れ合えている手だけは絶対離さないように、きゅーーーーーーーーっと、握りしめた。
その後、船を降りて隆佐さんの商館でお茶を点ててもらい、そして港町で鮒鮨を食べて、ゆっくりと湖岸を話しながら歩いたけれど、やはり信長様は手を繋ぐ以外には何もせず、ただ終始優しく私の話を聞いてくれ、私達はそのままお城まで戻ってきた。