第2章 信長の侍女
「空良を天主に連れて行け」
信長の声で襖が開き、入ってきた家臣によって空良は広間から連れ出された。
「ふっ、.....」
恐らく逃げるつもりだったのだろう。
計画を潰され戸惑いながらも大人しく広間から出て行く空良に信長の心はくすぐられ、笑いが漏れた。
襖が閉まり少しの間をおいて、秀吉が口を開いた。
「本気ですか?」
「何がだ?」
「本気であの娘を侍女として、お側に置くつもりですか?」
「俺が、冗談を言ったことがあるか?」
静かに、しかし凄みを聞かせた声に、秀吉の勢いも弱まる。
「..........っ、ですが、得体の知れぬ者をお側に置いて信長様の身に何かあっては......まだ、本能寺で信長様の命を狙った者も分かってはおりません」
「ふっ、犯人ならもう分かっておる。本能寺で俺の命を狙ったのは他ならぬあの空良だ」
「「...................はっ?」」
広間にいる全ての武将が驚き固まった様に信長を見た。
「空良がいずれより参った者かはまだ分からんが、俺は空良の両親を殺した敵らしい。奴はその仇討ちの為、一人で本能寺に忍び込み俺の命を狙ったと言っておる」
まるで人ごとの様に、信長は淡々と真実を述べる。
「一人でって、あんな何もできなさそうな娘の言葉をまさか信じてるんですか?」
家康も呆れた声を上げた。
「いや、信じてはおらん。恐らく、あの夜から姿を見せぬ蘭丸が俺に薬を盛り眠らせ、空良が俺を殺す筈だった。失敗に終わったがな」
皆の反応を他所に、信長は話を続ける。
「蘭丸が..........?.........あんなに信長様の小姓として取り立ててもらっておいて........空良と蘭丸が裏で繋がっていると言う事ですか?」
秀吉が信じられないと言った顔で言葉を口にする。
「分からん。蘭丸はあの夜より行方が分からぬし、空良は一人でやったと言い張っておるゆえな」
自分の命が狙われたと言うのに、信長はまるでその事を楽しんでいるかの様に口角を上げた。