第15章 道
「大切な、物なのだろう?」
何も知らない信長様は私に問いかける。
「はい。..........これは私の母の懐剣で、私の手元に残った唯一の形見の品です」
もう、手にする事はできないと諦めていた懐剣を手に取り抱きしめた。
「そうであったか。...........あの日、本能寺で意識を失う最後まで貴様が手を伸ばし取ろうとしておったゆえ、大切な物だとは分かっていたが、これを渡せばまた命を断とうとすると思い中々返してはやれなかった」
懐剣を胸に抱く私を優しく引き寄せ、信長様はその大きな腕の中に私を閉じ込めると、少しだけ体を離し、真剣な目で私を見つめた。
「これから先何があろうと、決して命は断たぬと約束をしろ」
何度も、何度も命を断とうとした私を見てきた信長様。そしてその度にあなたは私を救い出し、温かな体温を分け与えてくれた。
「はい。お約束します。この先何があろうと、この命尽きる時まで私は信長様といたい」
信長様に止められ生きながらえたこの命、これからはあなたの為に使いたい。
「命尽きる時もその後も一緒だ。貴様の事は何があっても離さん。覚えておけ」
「はい」
力強い声が私の心を絡めとり、幸福感で満たしてくれる。
「寄越せ」
顎を掬い上げられると安堵した顔の信長様と目が合い唇を奪われた。
「ん、」
こんな時に言うことではないのかもしれないけど、母の懐剣が今夜戻って来たのは偶然には思えず私の背中を押してくれている様な気がして、...........今しかないと思った私は重なった唇をそっと離して信長様と視線を合わせた。
「信長様、お願いがあります」
「それは、俺との口づけを止めてまでも聞いて欲しい願いなのか?」
不満さと冗談さを交えて信長様は私に問いかける。
「..........はい、あっ、いいえ、そう言うわけでは」
「ふっ、冗談だ。貴様が俺に何かを願うなど初めてだな。申してみよ」
私の顔の輪郭を長い指でなぞりながら信長様は肩肘を脇息に付いてもたれかかった。