第11章 傾国の姫
「............機嫌が悪いな。あの日か?」
払われた手を少し驚いた顔で見つめながら、信長様はまたも頓珍漢な事を言う。
「ちっ、違います!」
何でこんな話をしてるの?私達は、今まさに死ぬか生きるかの瀬戸際なはず。
なのに.........
「確かそろそろだった筈。遅れておるのか?」
「な、何でそんな事信長様が知って........!!」
(私自身、このゴタゴタで忘れてたのに!そう言えば、そろそろ月のものが来るはず.......って、違う違う!!)
変な勢いに巻き込まれまいと、頭を強くふって自分を取り戻す。
「何でそんなに普通なんですか?私は、.........あなたを殺そうとしてるんですよ?」
顕如様に渡された懐剣を胸元から取り出し鞘から抜いて信長様に向けた。
「.........またそれか。貴様も飽きんな」
目の前に突き出された懐剣を見ても、全然普通な信長様。
手も、声も、身体も.......全てが震えているのは私だけだ。
「お願い。私がこうしてる内に、早くご自信の陣へお戻り下さい。皆が、信長様を影から狙ってます。私はあなたに死んで欲しくない」
「そんな事は百も承知だ。だが貴様をここに置いて行くわけにはいかん」
信長様の目から、冗談の色が消えた。
「わ、私は、信長様と一緒には行けません」
「貴様の意見など聞いておらん。これは命令だ」
「私はもう、あなたの侍女ではありません。分かったでしょ?私は顕如様に仕える身、あなたの敵です!」
「か弱き貴様の頬が赤く膨れ上がる程に殴る奴らが、貴様の仕える奴だと?」
「っ、だからこれは自分で転んだって....」
(お願い......早く行って!)
「空良」
(そんなに優しい声で、私の名を呼ばないで!私を見ないで!!)
もう........顔を見ることができなくて、ただただ懐剣を握り震える自分の手を見つめた。