第11章 傾国の姫
(どうして................?)
逃げ出したいのに、足はその場に根を張ったように動かず、目は、だんだんと近づいて来る愛おしい人を追ってしまう。
ザッザッと、丘を登る信長様はこんな時でも威厳に満ちていて、思わず見惚れているうちに、私たちはあと三歩と言う距離まで迫った。
私より、頭一個分以上背の高い信長様は、私を見下ろすように見つめ、私は視線を上げる。
たった二日会っていなかっただけなのに、随分と久しぶりな気がする。
気まずい沈黙が少し流れた後、信長様が口を開いた。
「掃除は終わったのか?」
.............な、に?
これは、安土城での会話?
と思うほど、あまりにも突拍子もない言葉に、理解できずに固まってしまった。
「俺が行動を許したのは城内だけの筈だが、こんな所におるとは、掃除に夢中になり過ぎて道にでも迷ったか?」
信長様は、更に意味不明な言葉を続ける。
「何を....言って.....?」
「!?貴様、その顔はどうした?」
今度は、顔の腫れを怪訝そうに指摘された。
「これは........転んでしまって.........」
これ以上見られたくなくて、慌てて手を添えて顔の腫れを隠した。
「転んだ割に、他には傷を負ってなさそうだが、顔から転んだのか?器用な奴だ」
その呆れ顔で分かる。
私の嘘は、もう見抜いているんだろう。
「の、信長様には関係ありません!」
「阿保、貴様は俺のものだ。関係は大いにある。頬を見せよ」
私の腫れた頬を触ろうと、長い手が伸びて来た。
「っ、触らないで!」
触られてしまったら、もう.......気持ちを強く保てなくなる気がして、伸びてきた手をパシッと払った。