第11章 傾国の姫
「血が出るほど叩くなんて、女の子に手を出すなんていくら仲間でも許さないよ!」
私を背に隠して、蘭丸様が男を睨みつけた。
「こいつは女の子ではない。信長にその身を許した売女だ!その証拠に、我らのために信長の囮りになるのは嫌だとほざきおった!蘭丸、お前もその女を庇うなら、信長の仲間とみなすぞ」
「何を言ってるの?空良は、その身を犠牲にして顕如様の指示に従い無事に任務を終え戻って来たばかりだよ?もう、信長様に会いたくないに決まってるでしょ!」
蘭丸様の叫び声と、叩かれた頬がじんじんと熱を持っていて、頭がぼーっとする。
「今は仲間割れをしている時ではない。我らがこうしている間にも信長達は着々と迫って来ている」
「顕如様、しかしっ!」
「蘭丸、お前の気持ちも分かるが、皆の気持ちも考えてやれ。漸く我らが悲願の時なのだ」
「っ、............」
諭す様に言われ、蘭丸様はまるで幼子の様に黙ってしまった。
「空良、安土より戻った斥候の話によると、向こうではお前のことを傾国の姫と呼んで、信長に行く事を止めたそうだ。だが奴は自ら指揮をとってお前を連れ戻しにやって来る。奴の息の根を止め、望み通り奴にとっては傾国の姫に、我らにとっては幸運の姫となるが良い」
顕如様は慈愛めいた言葉で私に懐剣を手渡した。
「次こそはしかと仕留めよ。お前にとっても父と母の無念を晴らすまたとない機会であろう?案ずるな、しくじった時は、我らが背後に控えておる。逃げ場のない丘の上だ。浴びるほどの矢を射て奴を仕留める」
打たれた頬がじんじんと痛くて.......私の正しい思考を奪って行く。
「はい。顕如様........仰せのままに.......」
傾国の姫........
私は、皆を不幸にする。
父上と母上を失い、兄は行方すら分からない。
仇を撃つ筈だった信長様を好きになり、命を助けてくれた顕如様達を裏切って、ついには戦を巻き起こした。
そして今正に、愛しているといつもその愛で優しく包み込んでくれ、こんな私に愛を教えてくれた人の命を危険に晒してる。
逃げる場所なんて...........どこにも無かった。
私にできる事は、たった一つしかないんだ。