第11章 傾国の姫
朝が来るのを、こんなに辛い気持ちで迎えたのは初めてだ。
母上達を失った次の日でさえ、「あぁ、どんなに悲しくても朝は来るんだ」と思ったくらいで、今朝は、出来ることなら永遠に朝が来なければいいと、本気で願った。
信長様はもう、顕如様の書状を読まれたのだろうか?朝に安土を立つと聞いてはいるけど、もうこちらに向かっているのだろうか?
願わくば、考え直して引き返してほしい。
馬鹿な事を、と。あんな女の為になぜ俺が、と。
第一に、信長様の身が危険に晒される事を、秀吉さんが許す訳ない。
きっと、来ない。
そう、来ないに決まってる。
お願い..............来ないで。
.............考えはまた、最初に戻る。昨夜からずっと、この繰り返し。私には何の力もない。
そして願いは虚しく、信長様はこっちに向かっているのだと、襖越しに聞こえて来る人々の慌ただしい足音と甲冑の音が、私に伝えてくれている。
「空良、起きてる?」
蘭丸様の声。
「はい」
襖が開いて見えた蘭丸様もまた、鮮やかな甲冑を身に纏っている。
「支度は......出来てるね?顕如様がお呼びだよ」
「蘭丸様..........」
蘭丸様の袖を握り無言で見上げた。
信長様は来ないって、兵を連れて引き返したって、どうか言ってほしい。
言葉には出さなかったけれど、蘭丸様は通じた様に、言葉を口にした。
「信長様率いる織田軍は夜が開け切る前に出発し、間も無くこの近くに陣を構えると思う」
「っ、」
「信長様が顕如様の出した書状の通り一人で来るかは分からないけど、空良を渡したりはしないよ?空良も、俺たちといたいでしょ?」
すがる様に見ていたのは私のはずだったのに、気づけば蘭丸様が私を覗き込む様に見つめている。