第11章 傾国の姫
「信長には既に書状を送りつけてある。お前を取り戻したければ一人で来いとな」
「なっ!そんな事、信長様が一人で来るはずありません!」
私の為にそんな危険を冒す理由がない。
「どうした空良、取り乱すとはお前らしくない。信長に情でも移ったか?」
顕如様は探る様に私をジロリと見た。
「い、いいえ。ただ、織田信長が私如きの為にこの条件をのむとは思えません。それより早くここから逃げた方が」
もう、誰も失いたくないし、戦って欲しくない。
どちらにも心を置いてしまっている私は、全ての人を裏切っている気がして、そんな自分が一番許せない。
「案ずるな、奴は必ず一人で来る。空良、お前は閉じ込められていたから知らぬと思うが、信長のお前への溺愛ぶりはこの日ノ本全土まで知れ渡る程だ」
「そんな事は、.........」
どうしよう..........
「魔王とまで言われた男が初めて愛した女を取り戻しに一人でやってくる。その時こそ、漸く我らの悲願が達成される時。決戦は明日だ。お前も今日はゆっくりと身体を休めよ。蘭丸行くぞ」
「はいっ。空良、とにかく今夜はゆっくり休んでね?」
顕如様は声高らかに笑いながら、戸惑う蘭丸様と部屋を出て行った。
二人の気配が完全に無くなり、私は身体中の力が抜けた様に両手を床についた。
信長様が.........来る?
『空良、.........俺は貴様を絶対に逃さん!!』
昨夜の信長様の言葉が思い出される。
あの時は嬉しくて心が震えた言葉だけど今は違う。
袂から、信長様に買ってもらった撫子の髪飾りを取り出し胸に抱きしめた。
「お願い、来ないで」
声に出した所で、信長様に届くわけがない。
一体どうすればいいの?
一緒にいてもいなくても、私はあなたに迷惑をかけてしまう。
「私の事はもう忘れて、来ないで.......信長様.............」
母上、これは愛してはいけない人を愛してしまった私への、罰なんでしょうか?
眠れぬまま夜は更けて、やがて朝日が顔を出す。
私達の決戦の日は、無情にもすぐそこまで迫っていた。