第11章 傾国の姫
今夜も、綺麗な月が見える。
昨夜まで、安土城の天主で信長様と月を眺めていたのが嘘のように、私は蘭丸様の馬に乗せられ、この隠れ家へとやってきて、昨日と同じ月を眺めている。
「空良、入るよ?」
襖越しに、蘭丸様の声。
「はい」
すーっと襖が開いて蘭丸様が何かを手に持って中へと入ってきた。
「これ、握り飯。今夜はこれしかないけど食べて」
蘭丸様の手の中には、不格好な形をした大きな握り飯が。
「蘭丸様が、握って下さったのですか?」
「うん。久しぶりに握ったから不格好だけど、味は保証するよ。ねっ、食べて?」
「はい。ありがとうございます」
大きな握り飯を蘭丸様から受け取り、一口かじった。
「どう?美味しい?」
女の私よりも可愛らしい顔をした蘭丸様が、心配そうに私を覗き込む。
「美味しいです」
もう一口かじるとほんのり塩の味がして、更に握り飯を甘く美味しい物にした。
「塩むすび。このような山奥で塩なんて貴重でしょうに.....ありがとうございます」
「顕如様には内緒だよ。って言ってもまだみんな戻ってないから、見つからないと思うけどね」
ニコッと、蘭丸様は人懐っこい笑顔を向ける。
「ふふっ、蘭丸様は変わりませんね」
私が顕如様に助けられ、以前の隠れ家に連れられて行った時も確か、こうやって握り飯を作って食べさせてくれた。
「やっと笑った」
「え?」
「空良も、変わってないよ。あの頃のまま、綺麗だよ」
「蘭丸様............」
蘭丸様は本当に変わらない。こんな優しい人が一体どんな気持ちで信長様に仕えていたのか....
「心配しないで。これからは俺が空良を守るから。顕如様が戻られたら、空良を元のように顕如様や訪問者のお世話役に戻してもらって、二度と信長様には会わなくて済むようにしてもらうから。辛い事は全て忘れてここで俺と顕如様を支えて行こう。ねっ!」
「蘭丸様..............」
少し痛い程に、蘭丸様は私の左手を握っている。ずっと、実の兄の様に接して来てくれた蘭丸様はきっと、私が信長様の侍女となった事に傷ついていると思ってる。