第10章 月の姫
「蘭丸は、石山本願寺の元法主、顕如の手先でした」
「顕如?また、懐かしい男の名だが、生きておったか」
坊主でありながら武装した僧侶や信徒と共に俺に刃向かい、天下布武を阻止しようと企んだ不届き者の名だ。
顕如の呼びかけにより立ち上がった門徒達による一向一揆では、沢山の命が無残にも散っていった。
「ならば、空良を夜襲から助けたと言うのも....」
「恐らく顕如でしょう」
俺の考えを察し、光秀も頷いた。
顕如達や石山本願寺の奴らは、甲斐の武田や北近江の浅井、空良の父親のいた越前の朝倉達と同盟を組んで俺を撃つための包囲網を築き、俺の天下布武への足止めを企んでいた。
だがそれは、甲斐の武田が死んだと言う知らせと共に徐々に均衡を失い、織田軍が各軍を猛攻撃した事により崩れ去った。
それにより顕如は寺を追われ行方をくらませておったが、まだ俺を殺そうと企んでおったか。
空良の屋敷が夜襲を受けたのは、まだ俺が朝倉を攻める前。顕如が朝倉に会いに空良の住んでいた地を訪れていても不思議ではない。
しかも空良は襲った奴らの顔を見てはいない。俺の仕組んだ事だと空良に教え、恨みを抱かせるのはいとも容易かろう。
「して、今顕如はどこにいる?」
「かなり用心深く根城は転々としておりますが、今は伊賀とこの安土の中間地点に潜伏している事は斥候からの知らせで分かっております」
「伊賀とは、また面倒臭い場所だな」
古来より、忍びの術を使う者達が治める地。今は大人しく我が軍に下っておるが油断はならん。
「あそこであればこの安土にも近く、険しい山々が自然の要塞となって守ってくれますから。顕如側もそれを狙っているのでしょう」
空良は、恐らくそこに行ったはずだ。
「所で、あの娘の姿が見えませんが、こんな朝早くから城の掃除ですか」
チラリと、光秀は空良がこの天主にいない事を確認した。
「ああ、奴なら掃除だ。...........だが少し遠くに行っておるゆえ、迷子になっておるやもしれん。迎えに行ってやらねばな」
「では、伊賀の里で見失う前に出発致しましょう」
光秀は全てを察した様に言葉を発した。
「急ぎ広間に皆を集めよ!顕如討伐に向けての軍議を開く」
「はっ!」