第9章 休戦日
「天主の姫様、そちらの品は姫様の様な方がなされる品ではありません。宜しければ店内に姫様向けの品がございますので....」
店主が私に声をかける。
“天主の姫様”とは、やはり私の事のようだ。
城内だけでなく、城外でももう私の存在は知られてしまっている。
「あ、あの.....」
私は高貴な姫でもなければ、天主の姫でもない。ましてや、高価な物など信長様に会うまで身に付けた事もない。
「こやつは欲がなくてな、店内の品々は後日また見に来るゆえ今日はこれだけ貰う」
返答に戸惑う私の代わりに信長様が答えた。
「えっ、信長様!?」
「へぇ、ありがとうございます。さすが織田様の選ばれたお方はお綺麗なだけでなく奥ゆかしくていらっしゃる」
「そうなのだ、城中を掃除ばかりする中々な倹約家でな。何も欲しがらんゆえ少々物足りんのだ」
信長様はご機嫌で店主と話しながら私の手から撫子の髪飾りを取り、それを私の髪に留めた。
「信長様、私こんな.....頂けません」
この小袖も、いつも着ている着物だって全て信長様から贈られた物なのに.....
「貴様は少し、甘えることを覚えろ。まぁ褥の上では大分素直になってきたがな」
ニヤリと笑いながら頭を引き寄せおでこに口づけが落とされると、周りからはまたどよめきと、今度はピューと口笛まで聞こえてきた。
「ひ、人前で何をいきなり........」
口づけられたおでこに手を当て信長様を見ると、まるで子供のように悪戯な笑顔を浮かべていて楽しそうで、それ以上文句を言えなくなった。
「.............っ、...ありがとうございます」
結局、買ってもらってしまった。
「気に入ったのならいい。行くぞ」
周りの野次もなんのその。信長様は穏やかに笑うと再び私の手を繋いで歩き出した。
その後も歩く先々で声をかけられ、押し寿司やお団子、水菓子をご馳走になり、信長様御用達の金平糖と言う小さな砂糖菓子も初めて食べさせてもらった。