第9章 休戦日
「っ、......あまり、見ないでください」
「顔も見せろ」
いつも通りに私の要求は聞き入れられず、顎を持たれぐいっと上を向けられた。
「っ、」
目と目が合うと、信長様は一瞬目を大きく見開いてから優しく笑うように細め、唇を私の耳に押しあてた。
「........綺麗だ。似合ってる」
低くて甘い声が耳元を擽り、胸がきゅんと疼いた。
「空良」
名を呼ばれ、綺麗な顔が近づいてくるのは口づけの合図。
.........でも、またフリかもしれない?
さっきの事を引きずっている事もあり、目を閉じずに身構えて信長様を見つめた。
「なんだ、目を開けてしたいのか?」
「えっ!?」
悪戯に笑う顔があっという間に目の前に迫り、
「んんっ!」
さした紅が消えて無くなるほどの口づけを、目を開けたまま受け止めた。
・・・・・・・・・・
散々からかわれた私は城門のところに来てもまだ怒りが収まらず、先を歩く信長様と少し距離を置いていた。
「何をそんなに怒っておる?」
後ろを振り返り、面倒臭そうに私に近づいてくる信長様。
「怒ってなんかいません。もう近づかないで、来ないでください!!」
信長様の行動一つ一つに振り回されて、ドキドキさせられて悔しい。
ふぅー、と軽くため息を吐くと、信長様は私の手を取った。
「は、離して下さい!」
「離さん」
「っ、........暴君....」
ドキドキは止みそうにないし、きっと、顔は真っ赤に違いない。
「それは俺にとって褒め言葉だな。久しぶりの外であろう?それに、貴様に俺の城下を見せたい。そろそろ機嫌をなおせ」
優しく諭す声が私の心に染み込んで行く。
何を言っても、何をしても信長様には敵わない。
両親の仇である人を好きになってはいけないと言う気持ちと、それでも信長様を好きだと言う気持ちの狭間でどうしていいのかが分からない私のあやふやな態度を、いつも許して包み込んでくれてる。
「っ.............」
指を絡めるように繋がれた手は温かく擽ったくて.....
“休戦”と言う言葉の魔法にかけられた私は、ゴツゴツと節くれだった大きな手を握り返し、安土に来て初めて城の外の世界へと足を踏み入れた。