第9章 休戦日
「じゃあ早く帰らないと。私は花瓶だけ確認したら今日のお掃除は終わるから気にしないで。でも、好きな人と思いが通じ合ったなんて素敵だね。おめでとう」
いつもは元気一杯な彼女が頬を赤く染め俯く姿は、女の私から見ても愛らしく微笑ましい。
「やだなぁ〜!空良には信長様と言う物凄い恋仲のお相手がいるでしょう?」
私を少し手で押しながら彼女は恥ずかしそうに言う。
「信長様とは恋仲ではないよ。私は......ただの侍女だから」
ただの侍女....
自分で口にしておきながら心が軋む。
けれどそれは事実で城の人は皆知っている。私が本能寺から連れてこられ侍女にされ、信長様の夜伽の相手をしている事を.....
「侍女だろうが女中だろうが、信長様が空良の事を大切に思っている事は、この城の者なら分かってる事だよ?空良だって、信長様の側にいる時は楽しそうでお似合いのお二人だと思うけど.......」
楽しそう......
それは、全然自分の気持ちを隠せていないと言う事だ。
ここ最近の信長様は、いつも私を抱きながら愛してると愛を囁いてくれる。
抱く時も、律儀に抱く理由をいつも伝えてくれる。
なぜなら私達は、抱き合うのに理由がいる関係だから.........
命を狙って失敗したから、勝手に他の人に触れさせたから、病み上がりだから......
ここ最近の理由はかなりいい加減なものだったけど、抱かれていない時でも、抱きしめ口づけをし、俺のものになれとか、俺を好きになったかとか、ここ最近の質問は全て返答に困るものばかりだ........
「私もう行くけど、夏祭り、空良から誘ってみれば?信長様、きっと喜ぶよ?」
パチンっと、片目をつぶって小夜ちゃんは楽しそうに足早で部屋から去って行った。
恋する女の子は可愛い。
私も、あんなに素直に信長様に好きだと伝えられたらいいのに......
夏祭りなんて、城の外にも出してもらえないのに、刺客である私にとっては考えることすらおこがましい、夢のまた夢だ。
「とりあえず、花瓶の掃除しよ」
気になっていた花瓶の底にはやはり埃が溜まっていて、私はそれを洗い流して綺麗に拭き取り、すっきりとした気分で天主へと戻った。