第12章 蠍の火
「え…凄い!綺麗!」
デッキに着くと、真っ先にさくらが駆け出した。が、その足は芝生の地面には無防備で、元気な体が宙で弧を描いた。
「いだ!?」
「さくら!?」
地面に背中をぶつけたさくらに近寄ると、彼女は痛い、と言いながら笑っていた。
「いってー…!」
「もう…気を付けて」
そう言って手を差し出したスチュワードだったが、さくらはその手を左手で握って軽く引いた。
「スチュワード!見てほら!凄い綺麗!」
空いている右手を空に向けると、両足をバタバタと揺らす。その様子を見て溜息を吐いたスチュワードは、ゆっくりと腰を下ろして同じように芝生の上に体を横にする。
「…変わってなくて安心した」
「うん?何が?」
「……星が、だよ」
「よく見るの?」
「ううん。前に、初めてゆっくり見たと思う」
「そうなんだ!」
笑うさくらに、爛々と星を見つめるスチュワードは、徐にその星へ両手を伸ばした。
「蠍の火」
「!」
「赤く光る星が、一番好きなんだよね?」
ゆっくり起き上ったさくらはスチュワードの顔を見る。
同じように見つめ返した彼はただ揺れ動く瞳に何も言わないまま、小さく笑った
「あの時……あの時の、…っ」
頭を抑えたさくらは細めた目で青紫色の目を見つめる。
その目には確かに、見覚えがあった。
あの時、この場所で。
一緒に叶う確証もない願い事を空に乗せた。あの―――
「狐の、お兄さん」
そう呟くと、スチュワードは上半身を起こして小首を傾げて微笑んだ。
「…はい。また会えてよかった」
さくらは本当に驚いた、と言ったように目を丸々と開いて、手を支えに体を前に出した。
「スチュワード…!え、あ…何で忘れてたんだろ!?」
「まぁ仕方ないね。…いつもの日常が崩れて、友人も家族もいないこの世界で、嫌な事ばかり。ずっと部屋で泣いていたって聞いたよ。そりゃあ、探してもいないはずだよね」
「探、してくれてたの?」
「気になってたからね」
「気に…!?」
暗がりでもわかるほどに顔を赤くしたさくらにまた平常心を装いながら「冗談だよ」と呟いた。
決して冗談ではないのだけれど。