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【アクナイ】滑稽な慈悲

第12章 蠍の火



やがて階段を下り切った踊り場にある扉を開き、右へ右へと歩いて行く。廊下の奥に見える医療部と書かれた看板は薄暗く、ほとんど読めない。まるでホラー映画のワンシーンのようだ。
その看板を越え、さらに透明な自動ドアを越えて部屋に入ってみれば完全に消灯されており、一歩先も見えない状態だ。


『電気、電気どこだろう?』

『確か、左の方に……ッ…』


左手を上げてそのスイッチを押そうとしたが、酷い激痛に歯を食いしばりながら手を下ろしてしまった。


『左手が一番痛むんですよね。無理しないで下さい!』


彼女は、廊下の明かりでかろうじで見えるすぐ近くのソファにスチュワードを座らせると、まるでゾンビのように手を胸の高さまで挙げてスイッチを探し始めた。
時折何かにぶつかる音を発しながら、その影は暗闇へと消えていく。それから1分ほどしてあっ、という声と共に辺りは明るくなる。蛍光灯の光が二人の瞳孔を刺激した。


『まっぶしい…うわぁ、薬品だらけだ!』


周りには薬品が保存された棚だらけで、彼女は思わず顔を歪めた。


『ところで何を取りに来たんですか?』

『鎮静剤を…確か、名前は―――』


薬の名前を聞いた彼女はそそくさと手当たり次第に探していく。その手際の良さは泥棒なんじゃないかと疑うほどだ。…首からぶら下がっているロドスでの身分証明書を見ると疑う余地などないのだが。
…ただ、その証明書が来客用のものである以外は。


『…貴方は…どこから来たんですか?』

『そのへんからですよー』


捜索しながら言った言葉はとても軽い。少し怪しいと思ったスチュワードだったが、取り出した小瓶を見ては首を傾げて『これは違う…よなぁ』なんて、素っ頓狂な声で自問自答している姿を見ると疑うのが馬鹿らしくなってやめた。


『どうして、こんな時間に?』

『星を見ようとしたんですよ。明かりがないから良く見えるだろうと思って』

『…こんな時間に?』

『はは、お恥ずかしいことにここに来てから何だかずっと楽しくてワクワクが止まらなくて…寝たんですけどすぐ目が覚めてしまって』


彼女は軽く振り返り、照れ笑いを見せるとまた捜索を再開する。その一連の動作が何故かスチュワードの頬を緩ませた。

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