第12章 蠍の火
『…痛い…』
月が傾き始めた深夜。
不意に体の痛みで目が覚めたスチュワードは左腕を右手でグッ、と抑えて顔を歪める。
丁寧に包帯が巻かれたこの傷は、今日赴いた戦場でついたもので、痛みは鎮痛剤が切れたのか酷く猛威を振るう。
通常、人に向けるものではないだろうあの得物は、何かを圧砕するためのものだろう。それをまともに受ければどうなるかは予測できる。骨が折れていなかっただけ不幸中の幸いだ。
『…薬…』
枕元のテーブルランプを付けて薄暗い中、手探りで処方された薬を探すが見つからない。溜息を吐いた彼は徐にベッドから起き上がると、痛みをこらえながら部屋を出た。医療部に薬を貰いに行くためだ。
額に汗が滲み出るほどに酷く痛む腕のままでは、寝付くことすら困難と判断したのだった。
『はー…』
虫も静まり返る夜。省電力モードに切り替わったロドスの廊下を進むには、暖色系の足元灯だけが頼りだった。
だが、腕だけではなく、敵の打撃で紙切れのように吹き飛ばされた自身の体は、背中を中心に足にまでダメージが及んでおり、数メートルを歩くのも困難だ。悲鳴をあげている体を気遣いながら薄暗い道を歩くのは骨が折れた。
『(…痛い…)…!…はぁ』
しばらく歩いたスチュワードは、思いきり溜息を吐く。満身創痍の体には難関である階段に差し掛かったのだ。ここを下りなければ医療部には行けない。
ここにきて隣部屋で寝ているだろう友人の力を借りればよかったと後悔する。…してももう遅いのだが。
『っ痛…い……!』
手すりに捕まりながら一歩、また一歩と階段をゆっくり降りていく。だが痛みでギュッ、と目を瞑った時だった。
『う、わっ…!!?』
ズル、という音と共に階段を一段踏み外してしまった。
傾く体が妙にスローモーションに感じたが、一度大きく開いた瞼を再び力の限り瞑るのには、時間はそんなに要らなかった。
いつもなら瞬時に受け身をとる体が、疲労困憊していて役に立たない。
階段から転げ落ちるまで後1秒。
痛いだろうなぁ、とどこか他人事のように覚悟した時だった。