第2章 天使とダンス
「すまないな、アンセル…さくらも悪気はないんだ」
「理解していますよ。注射嫌いな大人はいっぱいいますから」
「……でもまぁ、こんなに厄介な大人は早々いない…」
はぁと溜息を吐くドクターに、アンセルも思わず困ったように笑う。項垂れる2人のその後ろから、数人の隊員が慌てたようにやって来た。
「ドクター!」
「そっちはいたか?」
「あ、あの、いたにはいたんですが…」
「というか、見た、と言いますか…」
「どういうことです?」
曖昧な隊員の様子に、アンセルが一歩近づいて聞いた。隊員たちは顔を見合わせると、一番前の男がぽり、と頬を掻いて言った。
「その、アドナキエルさんがさくらちゃんを連れてどこかに行くのを見たという証言がありまして」
「アドナキエルさんが!?あ、あの人はまったく…!」
「ま、また訳の分からないことをしているようだなぁ…」
ドクターはついに頭を抱えてしまった。
アドナキエルという男は常に行動が読めない。それは彼らを指揮する側のドクターでさえも、彼の同僚や親友でさえも予測するのは不可能だ。
そのため、今回何故さくらを連れているのかも―――否、それは違った。
「アドナキエルは豪くさくらを気に入っているからね…」
「スチュワード」
隊員の横から来たのは苦笑いを零した青年だった。彼はアドナキエルの親友に当たる人物だ。
「スチュワードさんが目撃したと」
「そうなのか」
「ええ。…半ば強引に、って雰囲気だったけど…」
「は?」
素っ頓狂で、少し怒りを孕んだ応対をしたのはアンセルだ。彼の眉間には3本の皺が寄っていて、徐に腕を組みだした所からして怒っているのだろう。
そんなアンセルの様子に気付かず、スチュワードは続けていく。
「さくらが"やめろー離せー!何をするー!"って叫んでたけど、そのままズルズル引きずられていったから」
ドクターがフードの下で真っ青な顔を浮かべる。あの男は本当に行動が読めない。安置で生きているだけのさくらに腹が立ってつい…なんてことも無いとは言えないのだ。
「す、すぐにアドナキエルとさくらの捜索を!」
ドクターがその場にいる全員に向かってそう指示した時だった。