第2章 天使とダンス
「俺がどうかしましたか?」
素っ頓狂で、とても落ち着いた声がアンセルの後ろから聞こえた。
周囲の視線がそちらに集まった時、最後にドクターが矢庭に振り向きながら言う。
「アドナキエル!君は一体…ッ…さくら」
ドクターが折檻の言葉を噤んで、彼女の名前を紡いだ。
彼の腕には、スヤスヤと眠るさくらが横に抱かれている。
場は静寂を維持しようと、声量を極限まで下げて会話をする環境に自然となった。
故にドクターが彼を問い詰める声も戦場に轟く指示と比べれば遥かに小さい。それはまるで羽虫が羽ばたく音の様だ。
「アドナキエル…どうしてさくらを…」
「あぁ。さくらはこの世界に来てから寝れてないので、ちょっと寝かせようと思いまして」
「え?」
ドクターは度肝を抜かれた。
いつも明るく、動物のような耳と尻尾などを生やした先民の隊員たちに集っては、物珍しそうにコミュニケーションを図っていた彼女が眠れていないという事実に驚いたのだ。
「何故…」
当然疑問が浮上した。
持病は特にないと言っていたし、不眠の傾向もない。何不自由ない生活を送らせたつもりだった。
だが、その疑問にアドナキエルはさも当然だろうという風に答えてみせた。