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【アクナイ】滑稽な慈悲

第5章 鍛錬開始



「あの子の調子はどうだ?」


不意にそう聞いたのはドクターだった。
机を挟んだ向こう側で食事を口に運ぶドーベルマンは一瞥もせず返した。


「何の話だ」

「勿論さくらの話だ」


異世界人を管理する者として心配しているのだろう。ドーベルマンはカラン、と乱暴にスプーンを置いて今初めてドクターの顔を見据える。その表情は怪訝そうだ。


「あれは使えない。正直…あれほどの体力のない者を見るのは初めてだ」


予想通りの反応に、ドクターはフードの下で苦笑いを零した。相変わらずの辛口コメントだが、いつもと違う雰囲気にドクターは口を開いた。


「戦場には上がれそうか?」

「犬死する。最悪味方の足を引っ張って全滅もあり得るだろう。何もしないことへの罪悪感は心中察するが、このまま何もさせない方が得策だぞ」

「…そうか。…貴方が間違ったことを言ったのは初めてだな」

「何?」


ドクターはふっと笑って立ち上がって食堂の出入口に向かう。ドーベルマンもその後を追って食堂を出ていく。窓から見える空は既に暗い。


「彼女は…一目見ただけで真面目なんだと分かったよ」

「…真面目さだけでは戦場には出れん」

「そうだな。それと、私に自ら訓練をしたいと願い出た彼女の目は本気だった。理由は話したかな」

「いや聞いていない」


キュ、と足を止めたドクターは、不意にはめ込み式の窓から下層を見下ろした。
ここはデッキが一望できる場所だ。デッキのその光景に思わずドーベルマンは窓に張り付いて同じように見下ろした。その赤い目は揺れていた。


「さくらはこの世界の惨状を哀れに思った。特に感染者の苦痛を少しでも肩代わりできるようにと自分を前線に出すようにと言って来た。…可能性が無く、無茶でも、貴方の隣に立つ覚悟はどんなオペレーターよりもできている」

「…」


赤い目の中で黒髪の非感染者である女が狂ったようにグルグルとデッキを回っている。しかし、しっかりと前を見据えたままで、目は死んでいなかった。
ここから見えるカウンターは尤にノルマを越えており、ノルマの倍を終えていた。
だが、止まる気配のないその姿に、ドクターの言うことが間違っていないことがよくわかる。

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