第21章 もどかしく思ったり、思わなかったり
ふに。可愛らしい効果音を付けるとしたらこれに限る…が、自分が思っていた柔らかさではない。
ゆっくりと、恐る恐る目を開くと金色の目はすぐそこにあったが、すぐに細められて遠くなっていく。
「…キスされる、なんて思いましたか?」
そう呟いたら、私の唇から細く長い指が離れて行く。同時に、アドナキエルはソファから立ち上がって靴音をやけに鳴らしながら歩いて行く。
彼はドアノブを握ったまま、普通の声色で言った。
「…するわけないじゃないですか。恋人でもないのに」
ドアが開く音と共に期待した自分が恥ずかしくなって目を見開いて両手で口を覆った。
やがてパタン、と音を立てて閉じられたドア。静かになった部屋で呟いた。
「な、にそれ…」
「…言い回しがズルいんだよ」
「!スチュワー、ド…!?」
自分の手で覆っていた口の上に、さらに大きい手が重なる。
それに驚いていると、紫水の目が近づいて自らその手の甲に色付いた唇を押し付けた。
随分と潤ったリップ音に、既に熱い顔がさらに熱くなる。
「…ごめんね」
なんて、謝りながら彼も立ち上がっては早々に部屋を出て行ってしまった。
ついに自分以外誰もいなくなってしまった部屋で、1人ソファに倒れては顔を両手で覆って歯を噛みしめた。
その部屋のドアの向こうでは、ズルズルと壁に凭れ掛かったアドナキエルとスチュワードが片手で自分の顔を覆って盛大な溜息を吐いていた。
「先走っちゃったな…」
「いい加減嫌われたかな…」
「どうかな…わからない」