第9章 満月の夜
少しの慰めにもならないとわかっていながら、それ以外の言葉が思い浮かばなかった。
けれど、これ以上苦しむ姿を見たくはない。
「ほら。部屋まで運んでやるから」
そう言って遼を横抱きに抱き上げる。遼は大人しく土方の首に手を回すと、肩口に額を押し付けた。
「ごめんなさい…」
「ん…」
土方は遼を抱き直し、揺すらないようゆっくりと歩いて部屋に向かう。
(軽ぃな…ちゃんと食ってるよな、コイツ?)
遼が食べているかどうかなんて、今まで一度も気にした事なんてない。それどころか、こんな風に近くで話した事なんて無かったような気がする。
部屋に着き、器用に片手で障子を開けた土方は、遼をそっと布団に乗せた。
「明日は休みだろ。ゆっくり休め」
「ありがとぉ………
……晋ちゃん」
「は?」
眠りにつく遼が最後に呟いた名前に土方は凍りつく。
遼が呼んだのは、おそらく…高杉晋助。過激派浪士の筆頭人物。
(痛ぇ…)
刺すような痛みに襲われ、土方は顔をしかめる。
痛いのは、心。
けれど、原因がわからない。
否。認めたくないのだ。
この痛みの意味を。
「あークソ。一服して寝るか」
苛立ちを鎮めるために煙草を吸いに外に出ようと立ち上がると、着物の裾をグイと引っ張られた。
「うおっ」
思わずつんのめりそうになった土方は、慌てて平衡を取りながら引かれている裾の先を見る。
「……起きてんのか?」
じっと目を凝らせて見るが、起きている気配はない。けれど、遼の白い手は土方の着物を掴んで離しそうにない。
「ガキかよ」
苦笑しながら土方はそのまま腰を降ろし、乱れている遼の長い黒髪をそっとすいた。
「ったく、世話がやける奴だな」
優しく、甘く広がって行く感情に戸惑いながら、そっと身を委ねる。
二人きりの今ならば、許されるような気がした。
「神武……──遼。二度と違う男の名前なんて呼ぶんじゃねぇぞ」
言いながら、頬が熱くなるのを感じる。
「なぁ、遼……お前は一体何者なんだ?」