第8章 紅の桜のあとに
去り際すれ違いに頭を撫でられ、遼は目を丸くして驚く。
「今のって……」
「さあな。時間までまだある。こっちへ来い」
高杉に促されて辿り着いたのは、倉庫のような狭い一室だった。
「使われてない部屋だ。ここならゆっくり話が出来る」
「え?」
壁に押し付けられ、まるで噛みつくような口吻をされ、遼は高杉の胸を叩くが、意に介した様子も無く、ますます深く口吻られた。
侵入してきた高杉の舌に驚いた遼は思わず歯をたててしまい、唇が離れる。
「っ……」
「っは、あ、ごめ……」
「くくっ、殊勝な事だな。無理矢理口づけた男に謝るなんざ」
「~っ!」
嘲るような高杉に、遼は顔を赤くして地団駄を踏む。
「腹立つ~!」
「ったく、ガキの頃から変わらねぇな」
「変わったよ!身長だって伸びたし、胸だっておっきくなったし、髪だってヅラに負けないくらいロングヘアになったもん!」
「わざわざ染めたのか?」
「げ」
遼は自ら踏みに行った地雷に気付き、「何の話?」と切り返したが、時既に遅しだ。
高杉は纏めている遼の髪を解くと、一房手に取りじっくり観察する。
「や、やだ~晋ちゃんのエッチ、触らないでよ~」
遼は慌てて髪を結び直すが、高杉の視線に一層戯けてみせた。
「髪は女の命なんだからねっ!許可なく触るなんてマナー違反だゾ」
「お前がそうやってはぐらかす時は、大抵隠し事がある時だ。本当に、ガキの頃から変わらねぇな……」
「か、隠し事なんてナンニモナイヨ」
「それは俺の目を見て言えよ」
顎を掴まれ、無理矢理高杉の方を向かされた遼の目が泳ぐ。
「ホントニナンニモナイヨ」
「じゃあ、この髪の色はどう言い訳するんだ?」
「……白髪染め?」
「銀時じゃあるめぇし、そんなもん必要ねぇだろうが。で、何でそんな真っ黒な髪してんだ?」
詰め寄られ、これ以上は無理だと諦めた遼は、高杉と目を合わせると重い口を開いた。
「五年前……死にかけて、目が覚めたらこうなってた」
「そりゃあ随分面白い与太話だな」
「私もびっくりした。身体中刺されて、もう駄目だって諦めて、血ィ吐きながらのたうち回って……あれ?死んだ?いや、死んでないなーって気が付いたらあら不思議、髪も目も真っ黒になってましたとさ。おしまい」