第8章 紅の桜のあとに
「晋ちゃんの意地悪。それより、どういうつもりなの?」
「俺ァただ、壊すだけだ。この世界を」
「それが、晋ちゃんの望みなの?」
高杉の腕から離れ、遼は黙ってその目を見つめる。
今を映す右目を。
そして、過去を映し続ける左目を。
沈黙を壊したのは、高杉の傍らに立つ人物だった。
「晋助、もう良いか?」
「ん、ああ」
「晋ちゃん、この人は……?」
「河上万斉、鬼兵隊の幹部だ」
「鬼兵隊……」
物言いたげな遼の瞳に、高杉は口もとを歪める。
「そういう事だ」
「高杉、拙者のことはどうでもいいでござるよ。この娘は何者なのだ?」
「俺の女だよ」
「変な言い方しないでよ!私は──」
言いかけて、唇を塞がれた。
当然のような口吻に遼が驚いていると、高杉は河上を振り返り「手を出すなよ」と釘を刺す。
「ちょっと晋ちゃ……」
抗議しようとする遼の耳元に唇をよせて、高杉は「余計なことを言うなよ」と忠告した。
遼は押し黙ると、小さく頷く。
「いつの間に連れ込んでいたでござるか?」
「鼠みてぇな女だからな、潜り込むのは得意なんだよ」
仕方がないと思いながらも、言われようにふて腐れていると、サングラス越しの河上と目が合った。
探るような視線を受けながら、遼は動揺することなくその目を見返す。
「ほう……晋助、その女暫し貸してはもらえぬか。いや何、命を取ろうというわけではない」
「じゃあ、何のためだ?」
「少々興味が湧いたでござるよ」
「そうかよ。じゃあ、渡すわけにはいかねぇな」
そう言って腰の刀に手を掛けた高杉に、遼はぎょっとしてその手をおさえた。
「ダメだよ晋ちゃん!」
「っ!?」
その力の強さに、高杉は驚く。
軽く添えられているようにしか見えないのに、刀を引き抜く事が出来ず、高杉の目に焦りが宿った。
「手を離せ」
「抜かないって、約束して」
「……わかった」
高杉が刀から手を外すと、遼はほっとした顔をして手を離す。
「万斉、コイツはお前の手に負える女じゃねぇよ」
「そのようでござるな。だが晋助、この船は春雨の物。どうやって匿うのだ?」
「数時間後、江戸で積荷を入れるらしい。その時にコイツを降ろす」
「……では、バレぬよう手配しておこう。ではな」