第8章 紅の桜のあとに
幕府開闢二百五十年。
屋台骨が腐るには十分な時間を経た江戸幕府は、もう幕府としての機能を果たせない。
この国を、天人に負けない国に。
それが彼らの──攘夷志士の思いの根源だった。
【紅の桜の後に】
空に浮かんだ船の上で、遼は息を潜めていた。
この船は、宇宙海賊春雨の所有する宇宙船で、今は江戸の空を優雅に航行している。
(海賊船が堂々と……幕府は本当に)
もう終わりなのかもしれないという一言を飲み込んで、遼は顔を上げた。
この船には高杉晋助が乗っている。
ほんの数時間前、紅桜の殲滅により船と手勢を失った高杉は、河上らと共に春雨の船に身を寄せた。
偶然乗り込む事に成功した遼は、身を潜めながら高杉の姿を探し、張り巡らされた配管の上を移動している。
目を閉じて、聞こえる音に集中した。
敵意。本能。焦燥。困惑。
悲哀。恐怖。哀惜。憎悪。殺意。
入り交じった感情の中から、高杉の音を探す。
懐かしくて、優しい、けれどどこまでも悲しい音。
(昔から、変わらないんだね)
それが嬉しくもあり、哀しくもある。
足音は二つ。
一つは高杉のものだが、もう一つは恐らく長身の若い男性だ。
姿が確認出来ないため、遼は天人では無い事を祈って、二人の前に飛び降りる。
地面に到達するより早く、高杉の隣の人物が刀を抜き、遼は舌打ちすると鞘で受け止めた。
だが、力の差は明確で簡単に吹き飛ばされる。
瞬間的に体勢を整えた遼は、踏ん張った右足で地面を強く蹴り、刀を抜いて斬りかかった。
「そこまでだ」
「っあ!」
制止する声に促され止まろうとした遼は、バランスを崩してその場に尻もちをつく。
「いったぁ!もうちょっとタイミング良く止めてよ」
「テメェが鈍臭いだけだろ」
「わあっ!」
高杉は座ったままの遼を引っ張り起こすと、そのまま腕の中に収めてしまう。
「久しぶりだな、遼」
抱きしめられた温もりに、遼は一瞬怒りを忘れるが、はっとして高杉の胸を押し返した。
「ちょっともう、私、怒ってるんだからね!」
「何をだ」
「銀ちゃんとヅラのこと!」
「何だ、二人の仇討ちに来たのか?」
喉を鳴らして笑う高杉に、遼は「まだ死んでない」と憤る。
「まだ、な」