第3章 夢と現
光秀の指南が終わり、着物選びが終わると夕暮れになっていた。
あさひは、信長と共に天守に戻っていた。
あさひなわ夕暮れの茜色とうっすらと紺色が混じる空を、板張りから見上げながら呟いた。
「疲れたぁ。」
『光秀の指南は、厳しいだろう?』
「でも、信長様に恥はかかせられませんから。」
『ふっ、よい心がけだ。』
信長が読んでいた文を置き、あさひに近付く。
「信長様、…」
少しだけ振り返ると、また外に向けて姿勢をただしあさひは話始めた。
「私で、本当にいいのですか?」
『今更、何を言う?』
「私は、やっぱりただの人で、素性もわからないんです。私を正室に迎えても、信長様は何も得られないんじゃないかって…」
そう話すや否や、急にぞくりと背中が冷たく感じた。
振り返ると、先ほどまでの優しさが消えた、怒りをはらんだ表情の信長がいた。
『まだ言うのか。』
「だって、やっぱり… 不安になります。私が産まれたのは違う世です。私は文も読めない、政治も知らない。此処にいるから、私が私でいられるだけなんです。
そんな私のせいで、信長様が嫌な思いをするのは…
嫌だから。」
段々とあさひの瞳に涙が溜まり、涙声になり始めた。
『貴様…』
「ごめんなさい…。大丈夫だと皆も言ってくれるし、信長様だって、私を必要としてくれているってわかります。でも、怖い。」
涙を見せまいと、あさひは信長に背を向けた。
夕闇のひんやりとした風が、二人の間を吹き抜ける。
ぐっ。
板張りでたたずむあさひの体を背中から信長は抱きしめた。それは、いつもの優しさとは違う強い力で。
「信長様、…痛いです。」
『俺はもっと不安だ。』
「え?」
『貴様が、あの時のように俺の前から消えようとしないか、あの時を思い出すと…
生きた心地がしない。
上杉からの文も香りも、貴様が俺から離れていかないか不安にさせる。
もう離せない。
貴様のような女を知った俺は、他の者など見えぬのだ。
好きな女を…、何を捨てても欲しいと望んだ女を側に置き恥ずかしい事など何もない。
愛している。一生かけて守ると誓う。
俺だけを、信じろ。』