第10章 愛される姫君
単身の大名の首筋には、信長の愛刀、腹部には謙信の名刀が当たっていた。
『お、お許しを…』
深紅の瞳が大名を射抜くように見た。
『何についてだ?
水差しか?
あさひへの罵倒か?
護衛を傷つけたことか?
あさひを拐ったことか?』
『はっ、はっ。す…、すべて…』
『ふっ、調子のよいことだ。』
二色の瞳が大名を見上げた。
『褒美を与えよう。』
信長がニヤリと笑いながら話した。
『ほっ、褒美?』
『あぁ、友好協定に反旗をあげようとする輩の見せしめとしての役目、ご苦労であった。』
『そうだな。俺からも褒美を与えなければな。あさひの後ろ楯と宣言出来たのだから。』
カチャっと、二人が刀を持ち替える音が響いた。
『あさひ、耳を塞いで。俺の方を向いて目を瞑って。』
『い、え、やす?』
家康の一言の後に、バサッと目の前が暗くなった。
『家康、終わるまで、あさひをこれで包んでおけ。』
『はい、秀吉さん。』
『あさひ、大丈夫。心配いらない。』
ざぁっと、夜風が止まっていた時間を進めるように吹いた。
『冥土で我らの作る世を眺めておれ。』
『ご苦労だったな。』
ザシュッ
静かな夜の空気に、刀の音だけが響いた。
その瞬間に、家康がぎゅっとあさひの体に力を込めた。
『ぐあっ、なぜ… あの娘なのだ…?』
大名に一太刀与えた信長は、大名の正面に。
謙信は、背中側に立っていた。
『貴様にはわかるまい。』
『同感だ。教えてやるだけ時が無駄だ。』
ふらつく大名に信長が最後の一太刀を与えた。
どさっ
人形の様に崩れ堕ちていく。
それを見つめ、二人は刀の血糊を振り払った。
『やれやれ、戦狂いなんだから。迎えに行くぞ、幸。』
『あんたも行きたいだけでしょうが!』
『小屋に残党がいるはずだ!』
『かかれ!』
「家康!」
もぞもぞと秀吉の羽織の中を掻き分ける。
『あさひ、ダメだ。まだ。』
「違うの。あの大名、刀を振り回して中にいた家臣たちを斬ってた。怪我人がいるはずだよ。」
『なっ、…わかった。歯向かわなければ捕縛するだけだよ。
ほんと、お人好しだね。あんたは。
ほら、羽織の中にいて、耳を塞いで。』
家康の言葉と同時に、また目の前が暗くなった。