第1章 銘酒と銘菓
『それじゃあ、忍じゃないでしょう。
佐助、あさひと一緒なら俺の部屋見に来てもいいよ。一回だけね。』
『え、本気ですか! 聞いた? あさひさん。
じゃあ、明日…』
『それは無理。』
『警備を強化してお待ちしています。』
厳しい目付きのエンジェルスマイルが佐助に向けられた。
『頑張ります。信長様、お邪魔致しました。
じゃあ、あさひさん。またね。』
『また、じゃない!』
秀吉が叫ぶのと同時に、天井裏へ姿を消した。
「ふふ、楽しかった。」
『あさひ、友好協定とはいえ敵陣の忍だからな。気をつけろよ。』
『世話好き、小言ばかりの秀吉さんの意見だけど…
敵陣の忍ってのは同意見。あんた無防備過ぎ。』
『気配がしたから、作ってた菓子を持って部屋に行けば、案の定だもんな。』
『私もです。警備を勉強させてもらいました。』
四人が各々に話ながら立ち上がる。
そして、信長の冷たい視線の先に目を向けた。
あさひが大事そうに抱える木箱。
上杉謙信からあさひへの貢ぎ物。
信長の静かな怒りに四人は、その場に立ち尽くした。
『あさひ、信長様がご立腹だぞ。』
意地悪に光秀が声をかける。
「え、なんで怒ってるんですか? あ、天守に行くのが遅れたから?」
『あさひ。』
「は、はい。…ごめんなさい。」
『…その箱を持ち広間へ来い。』
「え、これを?」
『上杉が貴様に何を寄越してきたか、知る必要がある。』
「変なものは入ってないから、って佐助くん言ってましたよ?」
『あさひ!』
「は、はい。…わかりました。」
『勿論、敵陣の茶菓子を食べた貴様らもだ。』
そう言って信長は、踵を返し広間に向かった。
『はぁ、面倒。あんたのせいだからね。』
「え、私の?」
『俺たちも信長様の説教か?』
「政宗、説教なの?」
『だから、言っただろ…』
秀吉は、茶碗や小皿を片付け、盆にのせ立ち上がる。
『行きましょうか。』
『今宵も楽しくなりそうだ。』
肩を落とす四人を後ろから眺め、笑う光秀。
大切に木箱を抱え広間に向かうあさひの背中では、夕闇に月が輝いていた。