第7章 分かち合う仕草
ゆっくりと、あさひは広間へ足を踏み入れた。
黒から裾にかけて深紅にグラデーションが広がる打ち掛けには、金糸と銀糸で刺繍された蝶が飛び回る。
打ち掛けの中には、以前信長とお揃いに、と仕上げた小袖が見えた。
髪は全て結い上げられ、うなじがあらわになっている。
結い上げられた髪には桜の飾りが付いた櫛がさしてあり、髪飾りには椿の生花が使われていた。
髪を結い上げうなじを出しすなど、姫としてはご法度であろうが、誰も咎められない。
それほどまでに、あさひは美しく、周りもそれに魅了された。
『なんて美しい。謁見の際にお会いした姫とはまた違う。』
『あれだけの美しさなら、後ろ楯など無いなど言えぬ。認めざるおえんな…』
広間からは、ため息混じりにささやく声が聞こえた。
あさひが上座まで進むと、信長は、あさひの手を取り隣に座らせた。
『あ、おい!信長様の羽織の下と姫様の打ち掛けの下、揃いじゃないか?』
上座から近い所に座っていた大名が呟くと、全員の視線が上座に注がれた。
二人は微笑み合い視線を絡ませる。
その空間だけ、ここにあるようで違う世界のようだった。
『あぁーあ。あんな髪型して。俺知りませんからね。』
無心に唐辛子を椀にかけながら家康が呟く。
『あのうなじ、噛みつきたくなるな。』
『政宗さん、噛みついたら斬られますよ。』
『やってみなきゃわからんぞ?』
『いや、わかります。』
『おい、光秀!今日は茶を酒にすり替えるとかやめろよ? 宴の行く末を見ていたいからな。』
『あぁ、…たぶんな。』
『たぶんじゃねぇ!』
『それにしても…、秀吉さんのあの顔。あれだけで酒飲めますね。』
『あぁ、火に油を注ぐ為とはいえやり過ぎだからな。』
口を開けたまま上座を見つめ、手の中の杯は傾いて染みになっている。
『右腕は大変だな。』
『いや、あんたも左腕でしょ。』
『ふっ。見てみろ。信長様が仕掛けるぞ。』
光秀はそう言うと、杯を口に運びながら上座を見つめた。
他の武将達も続いて視線を送る。
『わぁ、ありゃ大丈夫か?』
信長は、隣に座らせたあさひの腰を引き寄せ、自信の肩に持たれかけさせている。
その姿で、挨拶に来る大名や家臣の酌を受けている。