第6章 選ばれた理由
『本当に美しい!』
水差しの一件から、程なくあさひの正室としてのお披露目の式と宴の日となった。
あれから七日は経っていたが、嘘のように何事もなかった。
「みなさんが綺麗にしてくれたからですよ。」
『いえいえ!元々がお綺麗なのです。着飾れば尚更、ですよ。信長様は勿論、他の武将様も驚かれるでしょうね。』
信長と天守で暮らすようになってからあさひに付く女中の一人が髪を結いながら嬉しそうに話した。
『簪は、政宗様からの頂き物でしたよね。』
「うん。皆の色があるから、安心なんだ。」
『成る程… 安土の名だたる武将様に護られて、羨ましい限りです。』
「ありがたいよね。なんの後ろ楯もない普通の私を、お姫様にしてくれただけじゃなく、正室として迎えてくださるなんて。」
『どんな後ろ楯などよりも、あさひ様のお人柄が勝るのでしょうね。』
そういうと、女中は丁寧に椿油を付け髪をすいた。
大名の正室だからこそ許される【御台所】という束ねた髪を後ろに垂らす髪型に、慣れた手付きで整えた。
そして、すっと鶴と六色の簪をさした。
『信長様に、御支度ができたこと報告して参ります。』
嬉しそうに女中は部屋を出て広間へ向かった。
一人きりになった部屋で、あさひはゆっくりと立ち上がり支度鏡に全身が写る距離まで離れた。
支度鏡には、小さく写る自分が見えた。
落ち着いた小袖に、一年という節目で信長に送られた深紅に金糸と銀糸で刺繍された桜の花が煌めいていた。
家康に贈られた白粉と紅と姫様の様な髪型が、自分ではないような錯覚に陥る。
「ふぅ。」
緊張で鼓動が早くなる。
光秀に指南され政事を覚え、緒作法を叩き込んだ。
まぁまぁ、上出来だ。
という光秀の評価に些か怪しくも感じながら、それが唯一の自信にもなっていた。
『あさひ、入るぞ。』
信長の低い声が襖から聞こえた。
「はい。」
少しだけ震えた声であさひは応えると、すっと襖が開き信長が姿を表した。
『…。』
「…。」
少しだけ目を見開いた信長は、すぐにいつもと変わらない表情にもどった。
頭から爪先まで、ゆっくりと視線が送られる。
「…、変ですか?」
『いや、よく似合う。』
「本当に?」
『あぁ、見とれていた。披露などせず、閉じ込めて俺だけが愛でていたいくらいにな。』