第5章 二ヶ所の広間
「戦は、嫌いです…」
『でもな、あさひ。』
終始、話を聞いていた秀吉が話始めた。
『戦をしなければ、治められないこともあるんだ。
殺らなければ、足元を掬われ…殺られる。』
『賢くなったように見えたが、やはり平和呆けした頭だな。』
『光秀、それは言い過ぎだぞ。』
「わかっています。」
『え?』
あさひは、信長の野獣のような目を見つめて話始めた。
「わかってるの、秀吉さん。
今は、乱世。命のやり取りが普通で、守るためにしなければならない戦もあるって。
光秀さんに指南を受けてから、わかったふりじゃなく、少しは…政事もちょっとはわかるから。
でもね…
甘いって言われたとしても。
やっぱり大好きで大切な人達の手が、少しでも血に染まらないでいてほしい。」
優しくも寂しそうな瞳が、乱世には似つかわない台詞を言う。
しかし、それが夢物語だとわかっていても、それを聞く三人には夢物語が心地よかった。
『まぁ、すぐに攻めるわけではない。まずは、知能戦だな。お前のいう言葉の戦だ。』
「私は…?」
『小娘に何ができよう?』
『光秀、からかうのはやめろ。あさひだって真剣に考えてるんだぞ?』
「なにも、出来ないですけどね…。」
『貴様は、笑って守られていればいいのだ。』
信長は優しくあさひを見つめた。
『信長様の仰る通りだ。』
光秀が続ける。
「でも、…」
『少しは賢くなったのだろう?』
「え?」
『であれば、お前がやるべき事は決まっている。』
「光秀さん?」
『お披露目の席で、信長様の寵愛を一身に受ける姫らしく振る舞えるようにすることだ。』
「あっ、は …い。」
『あんまり無理しなくていいからな。』
『貴様がどれだけ化けるか楽しみだ。』
「もう、信長様。化けるって! でも、頑張ります。」
静寂が広がっていた広間は、柔らかな陽射しと風が吹き抜ける。
『上手く化けたら、好きなものを買ってやる。』
「え、光秀さん!ほんと?」
『良かったな、あさひ。何でもねだれ。』
「よぉーし、やる気出てきた!」
戦話の暗い雰囲気が嘘のように、やわらかな笑い声が響くのだった。