第5章 二ヶ所の広間
「うーん、やっぱりなんか変。」
安土城の大広間。昼が終わり、政務に励む信長と秀吉の筆と目線が、その一言でピタリと止まった。
屏風で仕切られた広間には、光秀に指南され文机に向かうあさひがいた。
『何が変なのだ?』
「水差し…」
『お前を襲った水差しか?』
「はい。何故、水差しなんでしょう?」
『ほう、。』
光秀がうっすらと笑みを溢しながら見つめ返す。
書簡を読む信長は、視線を屏風越しのあさひにむけた。
秀吉もまた、筆を止める。
「あれが、私に向けられたものなら…
水差しは壊れやすく、私の場所まで確実に届くとは考えにくいでしょう?」
広間は、しん、と静まり返る。
「城門からここまで、丁寧に扱うとはいえ、色んな手に渡りながら運ばれて、もし溢れたり割れたりしたら…
あ、でもそれで誰かが怪我をしたら騒ぎになるのか。
結局、私に向けた物だってわかれば、…同じなのか。」
うーん、とあさひは伏せがちに片方の頬に手を当て考えこんだ。
「じゃあ、狙いは… 誰でも良かったってこと?」
ふっ、と屏風越しに笑う声が聞こえた。
『聡いな、あさひ。』
秀吉が屏風を畳むと、嬉しそうな信長の顔が見えた。
「嬉しそう…ですね?」
『あぁ、貴様が光秀のお陰で賢くなったことが嬉しくてな。』
信長は、光秀に視線を移す。
『恐れ入ります。
あさひ。お前が言ったことは、とうに皆考えていた。
あの水差しは、脅しだ。』
「脅し…」
『お前の所まで届けば、最良。しかし、その前に何かあったとしても、お前宛のような品に毒水が入っていたのなら否応なしに構えるだろう。
お前を狙う、という意図は、どのようになろうと脅しとして我らに伝わるのだ。』
「光秀さん、じゃあ、誰が…?」
『正室としてお前を迎えることを知っているのは、我が身内と春日山くらいだ。』
信長は、楽しそうに話す。
『春日山との友好協定をよく思わん輩がいることは知ってる。そのような輩の仕業だろうが…
貴様に手を出してどうなるか、わからせてやらねばな。
この一件で、我が身内の膿出しが出来るなら…
礼くらいは言うべきか。』
くくっ、と笑う信長の目は、血に飢えた獣のようで、優しくあさひを包み込む其と同じ物とは思えなかった。