第5章 ー天使の祝福ー
「そんな〜」と情けない声をあげる黄瀬だったが、ここで引くわけにはいかないとばかりに顔を上げると律に向き直った。
「じゃあ、橘っちの向かいの席!そこ、オレの席として取っておいてほしいッス!」
向かいの席はまだ空いていると踏んだ黄瀬がバシーっと指差し、律に頼み込む。
頼まれた律はというと、笑顔なのだがどこか不思議そうに頭をコテッと横に倒した。
そして、何か言おうと口を開けた時だった。
「黄瀬君、橘さんの前は僕がもう座っているんですが…」
律が声を発するよりも先に黒子の声が聞こえた。
その存在に気付いておらず、てっきり空席だと思いこんでいた黄瀬は飛び上がった。
「普段から気配消すのやめてほしいッス〜」
「別に消してるつもりはありません。その証拠に橘さんは初めから僕が座っていることが分かっていましたよね?」
「うん、テッちゃんは律よりも早く来てたよねー?」
朗らかにそう言われれば黄瀬はぐうの音も出なかった。
「黄瀬君、席の心配もいいですけど早く注文の列に並んだ方がいいですよ。この時間だと食堂の混雑はピークなのでご飯を受け取るまでにだいぶ時間がかかると思いますから」
そう、生徒数の多い帝光中の食堂は大変混み合う。
まとまって席に座ろうとすれば4時限目終了後はダッシュで食堂に向かわなければならないほどの争奪戦である。
黄瀬ほどゆっくりしていては席がなくなるどころか、食べる段階にたどり着くまでが長い道のりだ。
黒子の言葉を聞いた黄瀬はハッとして注文待ちの列に目をやる。
もう既に列の最後尾は食堂の外にあるようで、今から並べばいつ戻って来れるかわからない。
黄瀬は一瞬にして食堂での食事を諦めた。
「やっぱり今日はやめとくッス…」
ガックリと肩を落とす黄瀬。
そんな黄瀬の落ちた肩を律がチョンチョンと突く。
「黄瀬ちゃん、今日は残念だったけど、次からは黄瀬ちゃんの分の席も取っておくようにするからね?だから黄瀬ちゃんも早く並べるように頑張ろー!」
顔の横で両手をグッと握りしめて微笑む律の優しさに涙目になる黄瀬は何かを思い出したように「そうだ」と呟くと、手にしていたリボンのついた小さな紙袋を律へ差し出した。