第5章 ー天使の祝福ー
いきなり現れたのは黄瀬の教育係である黒子だった。
律は「あ、黒ちゃん」と大して驚いた様子はない。
「橘さん、親しく呼んでいただけるのは嬉しいのですが、『黒ちゃん』だとどうしても某大サーカスの嫌われ芸人に聞こえるので出来れば別の呼び方にしてもらえますか?」
「そっかー、じゃあテッちゃんはー?」
「はい、それでお願いします」
そんな何ともない会話をしている二人に黄瀬は焦れったさを滲ませる。
黄瀬は今自分がどうやって抜かれたのかを聞きたくてしょうがなかった。
「橘さん、今何したんスか?一瞬全く見えなくなって気づいたらシュート決められてたッス!」
「黄瀬君、今のはダック・インですよ」
「だからー、それが何なのかを教えて欲しいんス!」
同じ答えを繰り返す黒子に黄瀬は地団駄を踏んだ。
そんな子供っぽい黄瀬に黒子はやれやれと言わんばかりに小さくため息を吐くと説明を始める。
「ダック・インは簡単に言うと姿勢を極端に低くして切り込んでいく技ですよ。カモが水面に潜っていく姿に似ていることからダック・インと呼ばれています。けど、ここまで見事なダック・インは見たことありません」
最後の方は律の方を向いて称賛したので、律は「えへへー」と嬉しそうに笑っていた。
説明を受けた黄瀬はどこか納得いかないのか顔をしかめていた。
「えー、じゃあ橘さんみたいに小さい子が有利な技じゃないッスか〜」
「そうでもありませんよ。そうですよね、橘さん?」
「うん、黄瀬ちゃんがあと3cm低かったら潜れなかったよー」
「結局身長じゃないッスかー」
口を尖らせて不平を漏らす黄瀬に再度黒子がやれやれとため息を吐く。
そうして淡々と「黄瀬君、違います」と反論した。
「あと3cm低くするのはディフェンスです」
「へ?」
黒子の言葉を聞いてもピンと来ていない様子の黄瀬に今度は律が助け舟を出す。
「バスケのディフェンスはこれが基本姿勢なんだけどー」
そう言って律は足を開き、膝を曲げ、ディフェンスフォームをとった。
その姿勢のまま腰を落とし、体は倒さずに床を触ってみせる。
まるで見えない椅子にでも腰掛けているかのような完璧なディフェンスフォームである。