第5章 ー天使の祝福ー
いつの間にか練習は終わっていたようで、体育館には自主練習をしている人が数名残っているだけだった。
自らの練習をしているためか、律がボールを手にしてゴールを背にした黄瀬と向き合っていても気に留める者はいなかった。
律は3Pラインの手前からドリブルを始めた。
ドリブルの様子から経験者であることがわかる。
むしろボールを見ることなく、手に吸い付くようなドリブルをする律は上級者とも見てとれる。
決して早いスピードではないが黄瀬に向かってくる。
速くはないので簡単にボールが取れると思ったのだが、律のドリブル捌きも秀逸でなかなか手が出ない。
ボールが取れないのであればディフェンスで中に攻め込ませなければよいとそちらに力を注ぐ。
律との身長差はかなりのものであるから、1 on 1であれば大抵のシュートは防げるだろう。
余程下手に抜かれない限りは、ではあるが。
律もそれは念頭にあるようで、いつどこで切り込むかタイミングを図っているようだった。
そして、覚悟を決めたのか大きく息を吸うと楽しそうに口角を上げた。
律は少しスピードを上げると黄瀬の右側へ切り込んできた。
もちろん黄瀬はそれを防ごうと右側へと反応する。
そこで律は一度ブレーキをかけ、その後すぐ更に右側へと入る。
黄瀬の右足は律の進行方向を塞ぎ、それに伴って右腕も下がった。
そうなると黄瀬の体は右に重心が傾き、自然と左腕は心持ち上がった状態になった。
次の瞬間、律は素早く方向転換し、低い姿勢で黄瀬の左腕の真下を潜っていった。
「え…?」
黄瀬はその一瞬、律を見失った。
気付いたときには手の届かない所まで切り込まれ、易々とレイアップシュートを決められていた。
「やったー」
ゴール下で律が喜んで飛び跳ねている。
呆然と立ち尽くす黄瀬の視線に気付くとニコニコしながら黄瀬のもとに戻ってきた。
「今、橘さんが一瞬消えたように見えたんだけど」
「ダック・イン、ですよね?」
真横からそんな声が聞こえて黄瀬はビクリと体が跳ね上がる。