第3章 ー天使は才を慈しむー
オレの思いが通じたのかコンコンコンとノックする音が聞こえた。
赤司が入るように声をかけるとドアが開いて橘が入ってきた。
「お待たせー。赤司くん、と、緑ちゃん!」
「緑ちゃん!?」
思わず大きな声が出てしまった。
今まで橘とは話したこともない。
初対面なのにそのような変なあだ名で呼ばれる筋合いはない。
「桃ちゃんがね、緑ちゃんって呼んであげてって言ってたのー。みんな、そう呼んでるんだよねー?」
あどけない顔で悪意など微塵もなく、そう尋ねてくる橘に殺意にも似た感情が湧く。
いや、この場合、桃井にその感情を向けるべきか。
とりあえず、明日桃井には何か言ってやらねば気が済まない。
横では珍しく赤司が笑いを堪えるように顔を歪めている。
「今まで誰にもそんな馬鹿げた呼び名で呼ばれたことなんてない。不愉快なのだよ」
「えー、誰も呼んでないのー?じゃあ、律は緑ちゃんって呼ぶねー」
オレの話の前半しか聞いていないのか笑顔でオレの呼び名を決定すると、赤司とオレの間の椅子に座った。
「将棋やってたんだー」
テーブルに置かれた将棋盤を眺めて、「んー」と唸りながら少し考えるとオレの駒を勝手に動かした。
それに赤司は目を開き、驚いたような顔をしたが、その表情を隠すかのように口角を上げた。
「なかなか良い手だよ、橘。将棋の心得があるとは驚いた」
「うん!昔からよく患者さんとやってたからー」
オレには今の手がどんなものなのかわからないが、赤司が褒めるとは余程良い手なのだろう。
橘は褒められても「えへへ」とやはり緩んだように笑うだけで、それ以上話は弾まなかった。
オレも橘の一手に救われたなどとは思いたくもないので、将棋はここで終わりにしようと話を逸らす。
「それで、橘に何をさせたいのだよ」