第3章 ー天使は才を慈しむー
次の日の練習時間。
橘は昨日と同じようにノート片手に練習を眺めていた。
ただ、昨日と違うのはその視線がオレに注がれているということだ。
練習中に何度か目が合った。
橘は目が合うと逸らすどころか、昨日の自己紹介のときのようにへらっとだらしなく笑うので、呆れてオレが視線を逸した。
そんなことを何度も繰り返して溜息が出る。
練習終了後、赤司に呼ばれて昨日赤司と橘が使用していた部屋に入った。
ミーティングにも度々使われる部屋でもあるから、会議テーブルや椅子などが置かれている。
「橘はマネージャーの通常業務を終えてからこちらに来る。少し待っててくれ」
パイプ椅子に腰掛けながら赤司が言う。
「我が部のマネージャー業務は結構大変らしい。加えて彼女は新人マネージャーだからもうしばらく来れないだろう。どうだろう?一局打ちながら待つというのは」
どこから出したのかいつの間にかテーブルの上には将棋盤があった。
オレが断ることは想定していないのか、それとも断らせないためか、既に駒を並べ始めている。
「いいだろう。受けて立つのだよ」
将棋では、というよりも何かの勝負事では赤司に勝ったことはない。
奴は名門・赤司家に生まれてから何においても勝っていることを強いられてきた。
勝つことが当然とされてきたようだし、そうしてきたそうだ。
だからといって赤司に負けることが悔しくないわけではないが、それでもどこかで諦めにも似た感情もあるから不思議だ。