第2章 ー記憶の中の天使ー
再び赤司は10年前の記憶の蓋を開ける。
それは父に連れて行かれた社交パーティーの席だった。
立食形式で行われていたそのパーティーでは、代わる代わるたくさんの来賓に挨拶させられた。
その中の一組。
確か名の知れた大病院の院長兼理事である人物とその子どもを紹介された。
背の高い青年と青年の指先を握り締めて立つ小さな幼女。
その2人が兄妹であることは明るい色の癖っ毛頭を見れば一目瞭然だった。
随分歳の離れた兄妹だ、と思ったのを覚えている。
目の前の幼女はフリルのたくさんついた真っ白なミニドレスに身を包み、例えるなら絵本に出てくる天使のようだった。
天使に例えるなどそれこそキザっぽく思うが、まだ幼かった赤司は素直にそう思ってしまったのだ。
幼女は赤司と同じ歳だと紹介された。
「はじめまして。赤司征十郎です」
赤司はその日何度目かの自己紹介をした。
一応表情は微笑んでいるのだがそれでもどこか子どもらしさが欠けるのか、いつも同年代の子どもは赤司を怖がってしまい友だちと言える存在は出来たことがなかった。
だから今回もそうなのだろうと子どもながらに諦めていた赤司だったのだが、その予想は次の瞬間に裏切られた。
目の前の幼女は丸く垂れ気味な目を細めて柔らかく微笑むと自分の名前を上手に述べ、スカートの端を少し持ち上げてお辞儀をした。
とても可愛らしい仕草だ。
「よくできたなー!えらいぞ!」
彼女の兄はそれを絶賛して、幼女を抱き上げて高い高いをした。
今にして思えば大変な親バカならぬ兄バカともとれる行動だが、それよりも赤司は宙を舞い上がり幸せそうに笑う幼女に目を奪われていた。
きらびやかな会場の照明の中、ふわりふわりと宙を舞うその姿は本物の天使のようだった。
そんな赤司を置いて、「それではこの辺で…」と兄妹は離れていった。
またどこかのパーティーで会えるのではないかと、パーティーに参加する度に会場に目を走らせた。
しかし、あれ以降、いくらパーティーに行ってもその兄を見かけることはあっても幼女には会うことはなく、いつしか記憶の扉の奥に追いやられていた。