第2章 ー記憶の中の天使ー
中学校生活も2年目が始まり、2週間が経とうとしていた。
新学期の新鮮さも次第に薄れ、日常となりつつある昼休み。
赤司はいつものように緑間と将棋を指していた。
先程打った一手に緑間が熟考している間、赤司はふと窓の外に目をやった。
グラウンドでは何人かの男子が制服のままサッカーをしているのが見える。
そんないつもの昼休みのはずが、今日は見慣れぬものが見えた。
グラウンドの隅の木陰に足を投げ出して座る一人の生徒。
少し離れているので顔が見えるわけではない。
ただ明るい色のパーマがかかったような髪が目を引いた。
瞬間、赤司の脳裏には10年前の記憶がよぎった。
それは今までの人生において初めて天使に出会った、そう思えた記憶だった。
「赤司、何をしている?お前の番なのだよ」
よぎる記憶を手繰り寄せようとしていた赤司は、いつの間にか自らの一手を指し終えた緑間の催促によって呼び戻された。
「あぁ、すまない。ところで緑間、あそこに座っている…ほら、あそこの木の下に座っている生徒を知っているか?」
赤司は自分の視線の先の人物を指した。
緑間は一度眼鏡を押し上げると目を細めてそちらを見据えた。
しかし、数秒そうした後に溜息をついた。
「赤司、オレはお前ほど視力は良くないのだよ。あんな遠くの人物が見えるわけないだろう?」
そんなことより早く次の手を打てと言いたげな緑間の視線を受けて、赤司はやれやれとばかりにチラリと盤上を見た。
「そうか…それは残念だ。じゃあ、自分で確かめに行くことにしよう」
赤司が立ち上がろうと椅子を引くと、緑間が「オレとの一局はどうするのだよ」と引き止める。
「あぁ、まだやるのか?」
もう終わったものだとばかり思っていた、という態度で何の迷いもなく駒を動かす。
その盤面を見て緑間はすぐに溜息をついた。
「…投了なのだよ」
プライドの高い緑間が悔しさを滲ませていないと言ったら嘘になるが、それよりも呆れている色が強いのは何度やっても赤司に勝てていないからだろう。
一局が終わったことを緑間も理解したところで、赤司は心置きなくその場を後にした。