第1章 プロローグ ー天使は飛び立つー
何度か上に掲げた後、床に降ろされた律はニコニコと鉄平を見上げた。
「鉄平くんに高い高いしてもらうの、好きー」
「律、オレは真面目な話をしてたんだが…」
鉄平は悲しそうな目で律を見た。
いくら自分が力になりたくても、それを受け取ってもらえない。頼ってもらえない。
それがどれほど悲しいことか。
「オレはお前のことを妹みたいに思っている。もしその妹が辛い思いをしているなら、オレは全力で守ってやりたいんだ」
どうか守らせてほしい。
そんな切実な思いを込めた言葉だった。
その思いが伝わったのか、ついに律から笑顔が消えた。
かわりに彼女は困ったように眉尻を下げた。
「鉄平くん」
「あぁ」
「律も鉄平くんのこと、お兄ちゃんみたいだなーって思ってるの」
「あぁ、うれしいよ」
「だから、また、高い高いしてね。それだけで律、がんばれるよ」
そうしてまた、全てを覆い隠すように律は笑顔を浮かべた。
鉄平は言葉を失った。
ひどい仕打ちが続く日々、辛くないはずがない。
『がんばれるよ』の一言は、今まで頑張ってきたことの証明であり、これからも頑張って耐えるという意思表示でもあった。
一人で耐えると決意している律に対して自分はどのように助けてやればいいのか、鉄平には考えつかなかった。
ただ律の笑顔に流されて、その日の自主練習はお開きになった。
その次の日に、大変なことが起こるだなんて思いもせずに。