第4章 ※たまにはシリアスに
「……恩人なんだ、私にとってクリスは」
そう言いながら、シリウスは手にしているブランデーのグラスに視線を移した。琥珀色の液体の中で、透明な氷がランプの明かりを受けて鈍く輝いている。
「恩人?」
「私がアズカバンを脱獄して、真っ先に何をしたと思う?」
「……?」
「殺人だよ、ヴォルデモートの娘を殺そうとした」
クリスの寝息に混じって、ドラコがハッと息を呑む音が聞こえた。シリウスはその時の状況を思い出しながら、グラスの中の氷を揺らした。
「アズカバンで、ヴォルデモートに娘が居ることは既に知っていた。だから私はハリーの宿敵になるだろう娘を殺そうと目論んだ。しかし失敗に終わってね、逆に彼女の家のカラス達に返り討ちにあってしまった」
当時を思い出し、つい笑みがこぼれる。我ながら本当に情けない話だと思う。
「その時、クリスが助けてくれてね。怪我をした私を介抱して、食べ物まで与えてくれた」
「それで、恩を感じたのか?」
「そうだ……いや、そうじゃない。それだけじゃない。彼女は――私を笑わせてくれたんだ」
「……は?笑わせた?」
「ああ、マグルの家電雑誌を見せながら、熱心に語ってくれてね。まさかヴォルデモートの娘がマグル製品に傾倒しているとは夢にも思わなかったよ」
クリスが寝ているのもかまわず、シリウスは声を出して笑ってしまった。あの時は犬の姿だったが、もし変身していなかったら腹を抱えて笑っていただろうことは想像がつく。
「12年ぶり――12年ぶりに笑ったんだ。あんなに気持ちが晴れやかになったのは、本当に久しぶりのことだった」
ドラコに語って聞かせながら、当時の感動を思い出す。それだけで胸の辺りがじわりと暖かくなった。
シリウスはブランデーを一口飲み込むと、えもいわれぬ幸福の味がした。
「怪我を手当てしてもらって……食べ物をもらって……笑わせてもらって……それだけか?本当にそれだけなのか?」
「それだけとは随分な言い方だな。12年間も無実の罪で牢獄に囚われていた身からすれば、十分すぎる理由だ」