第2章 戦場の向日葵 ー前編ー
広間には、信長とあさひだけが残された。
『あさひ。』
「はい。」
『出立の朝の準備、貴様も手伝え。』
「え、あ、はい。」
『案ずるな。今宵はその不安を拭うほど愛してやる。』
「えっ。」
『嫌とは言わせぬぞ。』
悪戯に笑いながら信長は立ち上がり、あさひに手を伸ばす。
あさひは、その手を取り立ち上がる。
するとすぐに、信長の羽織で視界も音も遮られ、心地よい信長の匂いに包まれた。
何も会話はなくても、抱き締める熱が心を落ち着かせる。
政務や準備の場に来ない信長を秀吉が迎えに来るまで、それは続いていた。
※※※※※
(私の考えは甘いことはわかってる。血は流れる。
でも、大切な人達の血が流れないようにしたい。
何かしたいけど、なにをすれば…。)
そう考えながら、あさひは針子部屋に向かう。
『あさひ様!』
「戦の準備してるでしょ? 私も手伝う。」
『ありがとうございます!』
戦で持っていくであろう小袖や肌着の綻び直しなどを手伝いながら、針子たちを見回した。
必死に作業しながらも、皆落ち着いているように見えた。
「みんな、すごいね。」
『え?なにがですか?』
「戦、って聞いて私は不安で心が落ち着かなくて。」
『…そんなの、一緒です。』
『私は、父が行きます。』
『私は兄が。父は先の戦で怪我をしたので。』
(そっか、そうだよね。みんな愛する人が戦でいくのは同じ。)
「信長様の側で生きるって、こう言うことも乗り越えないといけないんだね。皆みたいに強くならなきゃ。
私は、まだまだ弱い。」
涙声になるあさひを針子たちは、切なげに見つめた。
『私は、お守り渡しましたよ。』
一人が声をかけた。
『みんな不安なのは一緒です。でも、不安を見せたら…戦場では気持ちに隙を作らせ足元をすくわれます。安心して行ってきて、と見送るのです。』
また別の針子が話す。
「そうだよね。私の不安がみんなに移ったら士気が下がるもんね。 お守り、考えてみる。」
『はい。』
針子達は、乱世に似つかないその純真無垢な考え方を持つあさひを優しく見つめていた。