第10章 天女の歌声 後編
あさひは羽黒の向かって行った木陰を一瞬だけ見ると、すぐに向き直った。
そして、結い上げた髪をほどく。
『あさひさん?』
「ねぇ、佐助くん。…私ね、この時代の、みんなに合うような現代の歌、思い付くのがあるの。」
『へぇ。』
「それを、歌ったらおしまい、ね?」
サァっと柔らかな秋風が、ほどいた髪をゆらす。
羽織がなびくようで
佐助も、そして離れて見守る武将達に
あさひのその姿は、羽衣を纏う天女のように見えた。
歌い出した歌は、先程とは真逆の柔らかな旋律だった。
暖かい春を待ち焦がれ
思いを寄せる相手に自分の心を預ける
明日を信じて 待とうと誓う
それが冷たい雨でも
花を散らす風の中でも
手を広げて迎えましょう
傷ついた貴方の心ごと
陽射しのように
春風のように
包み込んであげましょう
戦乱の世を、命を懸けて走る武将達は
その歌を目をつむり聞いていた。
歌い終わる頃、あさひはくるりと振り返ると、数歩歩き木陰に近寄った。
「信長様。」
『…気づいておったか。』
「帰りましょう?」
『ふっ、佐助に世話になった。もてなさなければな。』
「…え?」
『甘味と肴、作ってきた。』
『酒もな。』
『…唐辛子も。』
『それは、要らねぇな。』
「みんな。やっぱり来てたの。」
『天女の歌声、でしたよ?』
「三成くん、誉めすぎだよ。」
『さあ、行くぞ!』
秀吉が佐助のもとへ近寄ると、ござを引き始める。
咲、弥七、吉之助も手伝い始め、すぐに小さな宴となった。
「なんで、こうなるかな?」
『貴様が愛らしいからだろう?』
変わらない宴の賑やかな風景をみながら、二人は方を寄せ合う。
『歌わぬのか?』
「もう、歌いません。」
『…つまらぬな。』
「子守唄に、またいつか歌います。」
『…そうだな。』
二人は目を合わせ、微笑みあった。
秋空を羽黒が飛び、舞い上がった。
完