第10章 天女の歌声 後編
(光秀さんの気配かな。)
川原で花を摘むあさひを横目に、咲と、弥七、吉之助が待つ離れた木陰を見る。
すると、気にもたれ掛かり立つ光秀が見えた。
佐助は、すっと頭を下げる。
「佐助くん?」
『あ、いや。…歌おっか?』
「誰かいたの?」
『え、いや…』
「いたんでしょ?」
『…。』
佐助は、背中から感じる気配が、徐々に増えていくのを感じていた。
「誰?」
『…誰って言うか。』
「…え?」
『…全員。』
「…。
やっぱり。」
『わかってたの?』
「あっさり許可すること自体、怪しいから。」
徐々に疑うことを学び始めたあさひに、佐助は感心してしまう。
『じゃあ、やめる?』
『…、やめない。せっかくだから、切ない歌ばっかり歌ってやる。』
そう言って、あさひが歌い始めたのは
切ない叶わない恋の歌
別れた相手に未練を残す歌
どれも、これも、普段のあさひとはかけ離れた歌だった。
『…なんか不満があるんですかね?』
木陰で隠れながら聞いていた家康が、政宗に問う。
『知らねぇが、なんか寂しい歌だよな。酒の肴にならねぇぞ?』
『おい、御館様に聞こえるぞ!静かにしろ!』
『秀吉、お前が一番うるせぇ。』
『あさひ様は、どんな歌でもお上手ですね。』
武将達の話し声を、煩わしく思いながら信長は、直立不動で聞いていた。
「はぁ、すっきりした。」
『え、そう?』
「私ね、切ない歌とかが結構好きでさ。」
『そうだったんだ。』
「うん。思いふけってる訳じゃないんだよ。ふふっ。」
あさひが柔らかい笑顔を、佐助に向けたその時だった。
ピィー!
空高く、あさひの頭上を弧を描くように飛ぶ一匹の鷹。
信長もその鳴き声に驚きを隠せなかった。
『さすが奥方。歌声は羽黒まで引き寄せるようで。』
にやりと笑う光秀の声に、信長も、ふっと笑みを漏らした。
「羽黒ー!」
あさひは空へ手を伸ばす。
羽黒もその手の方へ、低く飛び始めた。
『信長公の…、鷹?』
「そう、羽黒。久しぶりだね。」
ピィー。
「ふふっ。…ねぇ、羽黒。信長様は?」
あさひが羽黒に問い掛けると、羽黒は思い切り高く飛び上がりながら、木陰に向かった。