第9章 天女の歌声 前編
「た、確かに。弥七さんの言うとおりかも。」
『じゃあ、一緒に来てもらって離れて待っててもらえば? そしたら皆さんも安心だろうし。』
「…うん。仕方ないか。」
『…佐助殿、何をなさるんですか?』
『カラオケです。』
『…桶?』
佐助とあさひは互いに顔を合わせ笑う。
その様子を、首をかしげながら三人は見ているのだった。
次第に歩き出す二人を、三人はゆっくり着いていく。
その背後で揺らめく白の羽織りに気付かずに。
※
『ここでいいかな?』
そこは茶屋から歩いてすぐの小川。
川縁には小さな花が咲いている。
水面は陽の光で煌めいていた。
咲と弥七、吉之助は少し離れた木陰に腰を下ろした。
「きれい!ベスポジ!」
『…横文字、すごい使うね。』
「せっかくだからね!」
『じゃあ、早速。なにから?』
「国民的ロックユニットのあの有名曲から。」
『あぁ、あの最後に【やぁ!】って飛び上がるやつ?』
『そう、そう。夏によく聞くよね。』
ふふっと笑いながら、あさひは息を吸い込んだ。
佐助が伴奏を歌い出す。
それに合わせてあさひは飛び上がりながら笑い、歌い始めた。
風にのせて楽しそうな歌声が三人のもとへやって来る。
『お国の歌、ですかね?』
『はじめて聞く旋律だな。』
『…、歌いたかった、のかもしれませんね。何にも邪魔されずに。』
優しく離れたあさひの背中を見つめた咲は、二人へ、この事は内緒にするように話したのだった。
「はぁ、楽し!…次は。」
『あれは?国民的アイドルグループの【花屋~】から始まる代表作。』
「いいね!」
それからも、お互いに曲をいい、一曲一曲歌う。
そのあとあさひは天を仰いだり、川縁を眺めた。
『そろそろ時間じゃない?』
「うん。じゃあ、最後に好きな歌うたってもいい?」
『うん、なに?』
「ちょっと… 切ない歌。」
『…わかった。聞いてる。』
それから、あさひが歌ったのは、会いたくても会えない人を思い叶わない恋を歌った、今のあさひの状況には似つかわないような切ない歌だった。