第9章 天女の歌声 前編
「はぁ。…帰ろっか。」
ひとしきり歌い終わると、あさひはすっきりした表情で佐助の方を向いた。
『…なんかあった?』
「え?」
『切ない歌だったから。』
「…あ。ない、ない!好きなだけ。」
『そう。じゃあ、送ってく。』
二人は、咲と弥七、吉之助のもとへ向かい城下へ戻っていった。
「また、カラオケ出来るかな?」
『お気に入りになった? ただ、申し訳ない。これから二、三日仕事があるんだ。だから、…五日後くらいでどうかな?』
「危険な仕事?」
『いや、ただの偵察。』
「気を付けてね。」
『うん、ありがとう。…じゃあ、俺はここまでかな。』
「え?」
『ほら、お迎えが来てる。』
佐助が指差す方に振り向くと、そこには全てを見透かすような光秀が立っていた。
「みっ、光、秀さん。」
『兄様がそろそろ動き出す頃と思ってな。知らせに来た。佐助、奥方が世話になったな。』
『いえ、楽しい時間を過ごさせてもらいました。』
『お転婆な奥方ゆえ、手間をかけさせるが… また頼む。』
『はい、では。あさひさん、…また五日後に。』
「うん、またね!」
『行くぞ、あさひ。』
「はい。」
あさひは、佐助の姿が見えなくなるまで見送り、光秀の背を追いかけた。
『…楽しかったか?』
「…っえ?」
『城下で散歩だったのだろう? 違うのか?』
全てお見通し、というような光秀の瞳があさひを貫いた。
「あ、たのっ、楽しかったです。」
『反物は買わなかったのか?』
「今日は、買わなくて見て回っただけでした。
…っね、咲!」
あさひは咄嗟に咲を呼ぶ。
『はい、その通りで。』
『ほぅ、仲のいいことだ。…、あさひ。』
前を歩く光秀が立ち止まった。
「はい。」
『…あまり、心配をかけるな。』
「え?」
『安土の誰もがお前を愛してる。あの怪我でわかったはずだ。信長様も、俺達も、
お前が無くてはならない存在であることを。』
「…はい。」
『やりたいことがあるなら、言え。』
「…え?」
『からかうが、付き合ってやる。
ほら、兄様と魔王様がお待ちだ。』
光秀の背中越しに、次第に見えてきた城門。
そこには、走り寄ってくる秀吉と、腕を組ながら立つ信長が見えた。