第9章 天女の歌声 前編
「平和だってことじゃない?」
『まぁね。…で、何話したの?』
「べっ、別に!世間話だよ!」
『…、ふぅん。ほら、傷見るよ。もう、塞がってるけど、熱を持ったりしたら良くないから。俺も政宗さんも、少しだけ城に戻るんだし。あんまり無理しないで。』
「あ、うん。」
あさひは右肩口を見せ、家康は手慣れた手つきで診察を行う。
西の小競り合いが落ち着いてからも、西の統一を目指す信長は戦前に、一度家康と政宗を領土に帰し、政務を整えさせる命を出していた。
「…どう?」
『いいと思う。動かしても痛くない?』
「突っ張るときがあるけど、大丈夫。」
『動かすのが、りはびりだからね。』
「ねぇ、家康?」
あさひは、着物を直しながら上目使いに家康を見た。
『なに? …城下行きたいの?』
「バレましたか。」
『…顔に書いてある。咲と弥七、吉之助をちゃんと共に連れていくなら、少しだけいいよ。信長様と俺達誰かにも報告をちゃんとして行くって約束して。』
「うん、わかった。えへ、良かった。」
あさひが嬉しそうに微笑むと、家康も口許を緩めながら頭を撫でるのだった。
「じゃあ、三日後とか…行こうかな。」
『三日後、へぇ。明日じゃないの?』
「あ、えーっと。急だと咲達も困るかなぁ?って。」
『あんたの女中なのに?』
「う、うん。」
(絶対なんか、企んでるな…。面倒事にならなきゃいいけど。)
『行く日はちゃんと言うこと。約束。』
「はーい。家康、ありがと。」
家康は、医療道具を片付けると優しく微笑み部屋をあとにした。
あさひは、家康が廊下を曲がり見えなくなるのまで見送ると振り返り小さなガッツポーズをした。
佐助との内緒の時間が、世話好きで心配性の兄代わりを持ち嫉妬深い天下人の奥方にとって、小さな騒動になるとは、あさひは想像もつかずにいたのだった。