第1章 二人の距離
落ち着きを取り戻した馬の様子に安堵する町人達だが、今度は馬を取り囲む武将達の姿と、安土城城主の姿にどよめきが走り、すぐに静寂が訪れた。
『あさひ、立てるか?』
信長が手を差し出す。
あさひが立ち上がろうとした時、あさひの右膝から血が出ているのが分かった。
『転がった時に擦り切れたか。』
信長は、あさひを横抱きにする。
「だ、大丈夫です。みんな見てるし!」
『ふん、今さら恥ずかしがるな。俺の正室になるのだからな。』
『織田信長…様? 正室の姫様? 何故ここに?』
『あ、あんた姫様だったのかい?』
『こ、子供のせいで姫様に…。申し訳ありません!』
「あ、いいんですよ。怪我がなくて良かった。またね。」
『なんと慈悲深い…』
子供の母親は、道に座り込み頭を下げる。
子供はにこにこと手を降っていた。
『馬の持ち主は誰だ?』
『ひっ、俺です… 急な音に驚いて…』
『怪我人がいなくてよかったな、気を付けろ。』
『ねぇ、あさひ。また怪我したの?』
「ごめん、家康。」
『だから、俺と城下に散歩せねばならぬのだ。馬鹿娘が!』
信長があさひとは目を合わせずに、大声を出した。
「ごめんなさい。」
『信長様がお前に向かって走りだした時の、秀吉の青ざめた顔、見せてやりたかったぜ。』
『あれは傑作だったな。』
『光秀、いたならお前もお止めしろ!』
『帰りましょうか。』
あさひを横抱きにした信長を先頭に、六人が城へ戻る。
町人達は、その特別な光景に目を奪われていた。
城に着くと、家康がすぐに手当てを始める。
『傷に砂が入ってる。痛いけど洗うよ。』
「痛いー。」
『我慢。』
『本当にお前って無鉄砲に飛び出すよな。』
「だって、政宗。子供がいたから。」
『でもな。何かあったらどうするんだ?』
『ご自身をかえりみず飛び出す勇気、感服いたします。』
『三成、誉めてどうすんの?』
『あさひ、貴様はいつも飽きないな。』
光秀が意地悪に笑った。
血止めと化膿止めの軟膏を塗り包帯を巻く。
『はい、終わり。また明日。』
「ありがとう、家康。」
『あんたの典医だからね。でも、お礼は、俺じゃないんじゃない?』
「あ、うん。」
俯きながらあさひは信長の方を向いた。