第7章 紫陽花の面影
『大丈夫か?』
咲の腕の中でうなだれるあさひを、信長は切なげに除き込んだ。
『泣きすぎてしまったのでしょう。お部屋へ運んでいただけますか?』
『あぁ、もちろんだ。』
信長は、あさひを抱き抱え自室に向かった。
あさひを見つめる信長は、とても切なげで、誰も声をかけることはできなかった。
※
「…ん? ここは、、。」
ゆっくりと目を覚ますと見えたのは自室の天井だった。
風にのって食欲をそそる昼げの匂いがした。
『起きたか?』
「…信長、様。」
『紫陽花の元で、眠ったのだ。体は、大事ないか?』
「はい。ごめんなさい。私…」
あさひは、紫陽花の元での事を思い出した。
そして、母の面影に【会いたい】と叫んだことを。
「信長様、私、…私は、。」
『心配しなくてもよい。』
『咲でございます。入りますよ。』
ゆっくりと襖が開くと、湯気のたつ湯飲みを盆にのせた咲の姿があった。
『白湯でございます。ゆっくりと召し上がりください。』
「お咲、ありがとう。ごめん、心配かけちゃったね。」
『滅相もありません。』
『あさひ。』
「はい。」
『貴様の母上は、どのような方であった?』
「え?」
唐突な信長の問いに、あさひは一瞬言葉を失った。
『聞かせろ。』
『私も、知りとうございます。』
『俺達もだ。』
襖の先を見ると、優しげに、そして切なそうに見つめる秀吉と三成、光秀が立っていた。
『責めているのではない。母に会いたいのは当たり前だ。会えぬなら、貴様の中の母上を話せ。』
「…はい。」
あさひは、一瞬うつむき目を閉じ、話始めた。
怒るより笑うことが多かったこと。
母の作る卵焼きと煮物が好きで、その味付けが政宗の作るそれと似ていること。
時々、一緒に着飾って街に出てふらりと買い物をして、食事をしたこと。
将来の話をしたこと。
どんな時でも味方だと手を握ってくれたこと。
親戚の結婚式で、私の花嫁姿が楽しみだと、笑いながら泣いていたこと。
楽しそうに話すあさひは、花嫁姿の話で声を詰まらせた。
『俺は、どんなに愛しても、貴様の母上の代わりにはなれぬ。すまぬな。』
「いえ、信長様。私は貴方と共に生きることを選んだのです。後悔は…、してません。」